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建築紛争処理の実務

建築紛争はいわゆる専門訴訟の一つの類型ですが、同じく専門訴訟とされる医療紛争、知財紛争、IT紛争等に比べ、苦手意識を持っている弁護士が多いのではないかと思われます。また、既に建築紛争を取り扱っている弁護士であっても、他の弁護士や協働することの多い建築士がどのような考えを持って紛争処理に当たっているのかを知る機会は少ないのではないでしょうか。
そこで、今回は、「建築紛争処理の実務」と題し、必要とされる基本的な知識の説明と建築紛争処理の経験豊富な弁護士と建築士へのインタビューを中心として、基本的知識や心構えから最新の実務まで幅広く紹介します。

宮田 義晃(61期) ●Yoshiaki Miyata
当会会員
【略歴】
平成20年 弁護士登録(京橋法律事務所) 現在 当会住宅紛争審査会
紛争処理委員
当会住宅紛争審査会運営委員会委員
【著書】
建築紛争判例ハンドブック(青林書院、編著) マンション判例ハンドブック(青林書院、編著)
建築紛争における損害賠償算定基準(大成出版社、共著)等

基礎編 建築紛争処理の基礎知識

1 建築紛争とは

建築紛争というと、「新築の建物に雨漏りが発生し、その修補や損害賠償を求める事件」といったイメージがあるかもしれません。もちろん、そのようなケースは典型例の一つではありますが、建築紛争には多様な類型があります。
建物に関する契約不適合には、雨漏りやひび割れといった建物の機能上の不具合もあれば、契約時の仕様書と実際の施工とが異なっていたというものもあります。
更に、追加工事の内容や金額をめぐる紛争もありますし、売買か請負か、新築か中古か、戸建かマンションかによって、関連する法令や弁護士が留意すべき点も変わってきます。
ほかにも、リフォーム契約をめぐって消費者契約法や特定商取引法が問題になることや、設計図書の取扱いや建築物の大改修に関連して著作権法や個人情報保護法が問題になることもあります。このように建築紛争といっても多種多様であり、弁護士がいつ関連する相談を受けてもおかしくないといえます。
本稿では、紙面の関係上、戸建住宅の請負契約における契約不適合の事案を念頭に、法律知識及び注文者から相談を受けた場合の留意点を中心として、基本的事項を整理したいと思います(なお、請負人側から相談を受けた場合の留意点も大きな差異はないと考えています)。

2 必要となる法律知識

契約不適合

1.民法改正と「瑕疵」

住宅の不具合をめぐる紛争では、「契約不適合(瑕疵)」概念に関する理解が必要となります。民法改正により、民法から「瑕疵」という概念はなくなりましたが、改正前の契約には旧民法が適用され、 「住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)」では「瑕疵」概念も存置されています。また、業界ではなお「瑕疵」という表現が慣例上使用されることが多いので、適宜使い分けるのがよいと思います。

2.「契約不適合」とは

請負契約における契約不適合とは、仕事の目的物が契約において求められている種類、品質をみたさない状態をいうものとされていますが、上記の定義は、「瑕疵」を「契約の内容に適合しないこと」と解釈していた近時の判例(最判平成 22 年6月1日民集 64 巻4号 953 頁、最判平成 25 年3月 22 日集民 243 号 83 頁)における瑕疵概念を明文化したものといえ、従前の瑕疵概念を大きく変更するものではないと考えられます。
契約不適合は、客観的なものと主観的なものに大別することができます。
客観的なものとは、目的物がその種類のものとして通常有すべき品質・性能をみたしていないことをいいます。他方、主観的なものは、当該契約において、その趣旨に照らして要求される、あるいは当事者間で特に定めた品質・性能をみたしていないことをいいます。
現在の判例の傾向としても、客観的不適合のみならず、主観的不適合も含むと考えるのが大勢です(最判平成15年10月10日集民 221 号13 頁等)。

3.請負契約における契約不適合の類型

建築紛争においては、契約不適合を以下のように類型化して分類することが有益であると考えられています。

①法令違反型

建築の請負契約においては、建築基準法その他の法令違反のない建物を建築するということが当事者間の当然の前提であると考えられます。よって、建築基準法等に違反する施工がなされている場合を契約不適合の一類型として挙げることができます。

②約定違反型

建物の仕様、使用する部材、性能等が当事者間で合意されているにもかかわらず、これに従わない施工がなされているといった類型をいいます。

③施工精度型

建築の請負契約においては、一定の施工精度をみたした建物を建築するということが当事者間において期待されていると考えられます。よって、施工が著しく雑である、仕上がりが汚い等、施工精度が一定の水準に達していない場合を契約不適合の一類型として挙げることができます。

4.請負人の契約不適合責任

改正後の民法では、従前の売買契約における売主の瑕疵担保責任を契約不適合責任として債務不履行責任の一態様として位置付け、請負人の担保責任に関しては一部を除いて規定を削除し、売買に関する規定を準用することとしました(民法559 条)。よって、 注文者は、 引き渡された目的物が、種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときに請負人に対して責任を追及することができます(民法 559 条、562 条1項)。なお、令和 2 年4月 1 日以降に締結された請負契約に関して、新民法下での規律によることになります(改正民法附則34 条1項)。

5.契約不適合責任の内容

(1)代金減額請求(民法559 条、563 条)

建物が契約内容に適合しない場合、注文者は、請負人に対して報酬減額を請求することができます(民法559 条、563 条)。ただし、契約不適合について注文者の側に責めに帰すべき事由がある場合には、減額請求は認められません(563 条 3 項)。

(2)修補請求

旧民法において定められていた修補請求は、新民法では履行追完請求の一態様として位置付けられました(民法 562 条、559 条)。
新民法下では、請負人は、注文者に不相当な負担を課すものでないときには、注文者が請求した方法と異なる方法により修補で対応する旨反論することが可能となりました(民法 562 条 1 項ただし書、559 条)。
なお、修補が請負契約及び取引上の社会通念に照らして不能である場合、注文者は修補請求をすることはできません(民法 412 条の2)。また、契約不適合について注文者の側に責めに帰すべき事由がある場合には、修補請求は認められません (562 条2項、559 条)。

(3)損害賠償請求

建築物に契約不適合があった場合、請負契約の担保責任に基づいて、請負人に対して、損害賠償請求ができます。また、事案によっては、請負人に対して、不法行為責任に基づいて損害賠償請求ができる可能性があります。
旧民法でも、請負人の瑕疵担保責任は、債務不履行責任の一つとして捉えられていましたが、一般の債務不履行責任の特則として無過失責任とされていました。
新民法では、請負人の担保責任も、一般の債務不履行責任と同様に捉えられることとなったため、請負人に対して損害賠償請求をする場合、請負人に帰責事由が必要とされることとなりました。なお、損害賠償の範囲は、旧民法同様、信頼利益に限らず履行利益に及ぶことになります。

(4)契約解除

建物が完成に至った場合、注文者は、重大な瑕疵があっても契約を解除することはできないとされていた旧民法 635 条ただし書は削除され、これに伴い、建物に契約不適合がある場合、注文者は、民法 541 条及び 542 条により、契約を解除し得ることとなりました。もっとも、履行催告期間経過時点における債務の不履行が契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは例外であるとされています。

法律相談における留意点

1.建物の種類・構造

何階建てであるのか、木造であるのか鉄骨造であるのか、在来工法(軸組工法)であるのか等、建物の種類・構造・規模によって、建築基準法等の法令の適用法条や技術基準も異なり、おのずと契約不適合の判断基準も異なることになりますので、この点の聴取は重要です。
法令違反型の契約不適合を主張する場合、当該建物にいかなる建築基準法等の法令が適用されるのかを把握した上、法令の内容や解釈について調査を行い、それがなぜ契約不適合になるのかを検討する必要があります。
建築基準法等は頻繁に改正が行われ、その内容も特定の種類の建物に関して重大な影響を伴うことが少なくないことから、契約当時に適用される法令を正確に把握することが重要です。

2.図面の確認

契約書はもちろんのこと、平面図、立面図、仕様書等の設計図書が手元にあるかについて確認することが必要です。これらの資料が、請負契約における当事者間の合意内容の裏付けとなり、約定違反型 の契約不適合の主張立証のためには重要です。 契約書は施主と施工者との間の合意内容を画する最も基本的な書面として重要ですが、請負契約書やその約款には定型的な文言しか記載されていないことが少なくなく、これに添付された見積書(あるいは明細)、設計図書がより重要性が高いといえます。
また、住宅建築工事においては、契約後に仕様変更等が行われることも少なくないことから、追加工事に関する契約書、議事録、図面等一式を確認し、作成あるいは交付された時期についても詳しく聴取する必要があります。
建築確認済証や竣工図は施主には交付されないことが少なくありませんが、参考資料として重要ですので相談者の手元にあるかを確認しておくことも必要です。

3.現象と原因との区別

雨漏り等は建築物に生じる不具合等の「現象」であり、そのような現象の発生には施工不良等の「原因」があります。聴取するに当たっては両者を区別して整理・検討する必要があります。例えば、同じ雨漏りという現象であっても、建物の構造に起因するケースもあれば、サッシまわりのシーリングの施工不良が原因であるケースもあります。
法的には「原因」まで主張して初めて契約不適合が明らかになるといえますし、「原因」によって修補方法ひいては修補費用(損害額) も変わってきます。
もっとも、相談者や弁護士だけでは「原因」が究明できないことも多いと考えられますので、建築士の協力を得て、「原因」を調査した上で、「原因」に応じて方針を決めることが必要です。

4.引渡しの時期

旧民法下の請負契約の場合、瑕疵担保責任は、引渡しの後5年又は10年以内(旧民法638条)に追及する必要があります。ただし、品確法には、平成12年4月1日以降に売買・請負契約が締結された新築住宅については、構造耐力上主要な部分又は雨水の浸入を防止する部分として政令で定めるものの瑕疵 図表1 については引渡しから10年間瑕疵担保責任を追及することができる旨の規定があります(同法94条1項、95項1項)。
責任追及の可否に関わるため、引渡しの時期をしっかり確認しておくことが重要です。なお、新民法では旧638条は削除され、契約不適合を知って1年以内に通知することになります(637条)。

5.専門家の協力

建築紛争においては、交渉にせよ訴訟にせよ、高い専門性及び知識が要求されますので、弁護士のみならず建築士の協力・助言が不可欠となるケースが少なくありません。
法令違反型の契約不適合を主張するのであれば、建築基準法等の関係法令に精通した建築士の知識が必要となりますし、施工精度型の契約不適合を主張する場合には、仕上がりについて機能上問題があるかどうか、美観上許容範囲内であるかどうか等について、建築士の現場感覚が参考になります。もっとも、建築士にも専門分野があること、施 工者との利害関係を有することもありますので、人選は慎重に行う必要があります。建築士会や建築紛争を多く扱っている弁護士に紹介してもらうことも考えられます。

6.損害の検討

契約不適合の存在が明らかになっても、修補方法によって損害賠償の金額が大きく異なることがあります。訴訟等では、修補費用が争点にならないケースの方がむしろ少ないといえます。そこで、不具合を修補するためにはどのような方法が最適か、その方法によればいくら費用が掛かるかについて、協力建築士とも協議の上で検討しておく必要があります。
新民法下では、請負人側から、注文者が請求した方法と異なる方法による修補で対応する旨の反論が可能となり、修補方法をめぐる検討の重要度も増し、専門家の協力の必要性はより高まったものと考えられます。
そのほか、引越費用や慰謝料等については、過去の裁判例等に照らしてどのような場合に認められているのかを調査した上で、相談者の希望も踏まえ、いかなる費用がどの程度認められるかについて整理しておくことがポイントになります。

7.現場確認及び記録

交渉、訴訟を受任する場合、相談者から写真等の提供を受けるだけではなく、弁護士自身が現地を確認することが重要です。
できれば協力建築士を同行し、依頼者及び建築士の説明を受けつつ、不具合箇所を中心に検討しておくとよいと思います。カメラ及びビデオ撮影をしておくのもよいでしょう。

8.紛争解決手段の選択

まずは任意の交渉からスタートし、不調であれば調停等の法的手続を検討するのはその他の紛争と違いはありませんが、建築紛争の場合には、住宅紛争審査会への紛争処理申請を検討することも考えられます。

実践編 建築紛争処理のポイント〜弁護士と建築士の視点から

青木 清美 ●Kiyomi Aoki
一級建築士、一級施工管理技士 他
一般社団法人東京建築士会・理事、建築相談委員会委員長
東京地方裁判所・調停委員、専門委員、鑑定委員

竹下 慎一(53期) ●Shinichi Takeshita
当会会員
【略歴】
平成12年10月 当会弁護士登録
平成20年度より 当会住宅紛争審査会
運営委員会副委員長
令和元年度及び2年度 日弁連住宅紛争処理機関
検討委員会事務局長

建築紛争に関わることになったきっかけ

【編集部】 竹下先生が建築紛争を扱われることになったきっかけを教えてください。

【竹下】 最初に入った事務所で取扱いがあり、私が担当したことがきっかけです。それ以後も建築業者からの相談が主に私に来るようになって事件に携わることが増えていったように記憶しています。

【編集部】 もともと建築紛争をやりたいと思って事務所に入ったわけではないのですか。

【竹下】 そうですね。やりたいとは思っていましたが、それを意図して入った事務所ではありませんでした。

【編集部】 先ほど建築業者からの相談というお話がありましたが、業者側のみの事件を受けられていたのでしょうか。

【竹下】 その業者を介して地主の方のご相談を受けることもあり、施主側になる方の相談もじわじわ増えていったという印象です。

【編集部】 青木先生が建築士としてお仕事をなさる中で建築紛争、トラブルに関わられることになったきっかけは何でしょうか。

【青木】 私は東京建築士会の建築相談委員会に属しており、無料建築相談を担当する中で建築の技術的な相談だけでなく、紛争の元となる対立問題等も経験するようになって、その後この委員会の元委員長から裁判所の調停委員として推薦されたのが建築紛争に関わる発端です。

【編集部】 建築士として一般的な業務をされている中で、建築紛争に関わることはあるのでしょうか。

【青木】 私は大学卒業後に準大手の建設会社に就職して10年あまり建築、土木、積算等の部門で経験を積み、その後独立して小さな建築工事会社や設計事務所を営んでいますが、建築紛争については、孫請けの立場で行った工事の代金を支払ってもらえず弁護士に相談して、東京地裁の民事22部の調停で和解したことがあります。しかし、相手側は和解条件を全く履行せず、一銭も支払ってくれませんでした。
その後弁護士会の住宅紛争処理委員や裁判所の調停委員などで建築紛争事案に関与しましたが、世の中にはこれほど多くの建築紛争があるのかと正直驚いたこともありました。
建築業や設計事務所としての通常業務だけ行っていればこのような建築紛争等とはほとんど縁がなかったと思います。

【編集部】 青木先生から御覧になって建築士の中で建築紛争に関わることのある建築士はどのくらいの割合でしょうか。

【青木】 住宅紛争処理委員や裁判所の調停委員になっている建築士はそれほど多くはないです。ほんの一握り、数パーセントぐらいかと思います。

通常業務との違い

【編集部】 建築紛争とそれ以外の民事事件では何か違いがありますか。

【竹下】 最近ではそれほど違いを感じませんが、最初は細かいな、たくさん瑕疵があると大変だなと感じていました。平均審理期間が長いので、今も、長引く事件になるなと思うことはあります。

【編集部】 普通の訴訟より長引くというのはどのくらいでしょうか。

【竹下】 司法統計で2年ぐらいと出ています。訴訟になるまでの話合い等を含めるともっと長くなります。

【編集部】 最初に建築紛争を取り扱ったときに感じた大変さはどういうところですか。

【竹下】 私が弁護士登録した平成12年当時、東京地裁以外ではまだ検証や鑑定として現地調査を行っていました。今は調停委員、専門委員がフットワーク軽く現地調査をしていますが、当時は我々弁護士が現地調査をした上で、どちらかの代理人が裁判官から瑕疵主張をまとめてほしいなどと言われていて、通常訴訟の準備書面より手間が増えるなと感じていました。

【編集部】 現在は変わりましたか。

【竹下】 最近は瑕疵一覧表があるので、瑕疵が20、30になる場合以外は負担が少し増える程度の感覚です。

建築紛争処理における 弁護士・建築士の役割分担

【編集部】 建築紛争を取り扱うに当たって弁護士と建築士が一緒に対応することがありますが、竹下先生はどういうときに建築士に相談しようとお考えになりますか。

【竹下】 業者側代理人のときは打合せの中で聞いて資料をもらうなどできるので、改めて相談するということは余りありません。施主側代理人のときには、相談に加えて意見書を書いてもらう必要があります。施主側のときはまず建築士による調査だけで費用が掛かってしまうので、どの部分を建築士に担当していただくか、役割分担が大事になってくると思います。

【編集部】 施主側で建築士に相談するという場合にはどういうルートで建築士を見つけてくるのでしょうか。

【竹下】 私個人としては、何社か知り合いになった方がいらっしゃるので何かの相談のときに聞くことができます。青木先生に聞いたこともあります。建築紛争を1件担当すると自動的に聞ける人が増えていくと思います。また、私の地元には建築士になった友達もいたのでその人脈も役に立ちました。

【編集部】 全く知り合いがいない場合はどうすればよいですか。

【竹下】 依頼者と一緒に建築相談に行くなどしてみるとよいと思います。また、建築紛争に精通した弁護士に相談して紹介してもらったり、委員会に聞いてみたりしてもよいと思います。更に、住宅リフォーム・紛争処理支援センターは見積り相談等をしていますので、内容によってはそちらの利用をアドバイスすることもできます。建築団体の法律相談に一緒に行くというのもよいと思います。

【編集部】 青木先生は建築紛争における建築士と弁護士の協働についてはどのようにお考えですか。

【青木】 建築紛争は医療などほかの専門分野の紛争と同じく、建築の専門的な問題と法律上の問題を両方合わせて検討、協議しないとなかなか解決できないという側面があります。よって建築士と弁護士はそれぞれの専門分野における知識を出し合って、また役割分担を行い助け合いながら問題解決を図ることが早期に紛争を解決するために必要になってくると思います。
ときに、建築関係法令等々の法律に詳しい建築士などもいて、民法上のことまで口を挟む場面が建築士同士でもありますが、我々建築士はあくまで建築の専門家であって法律の専門家でないということを自覚して紛争処理に当たることも心掛けなければならないと考えています。これは弁護士においても同じではないでしょうか。

【編集部】 今民法というお話が出ましたが、建築の分野でも例えば建築基準法という基本になる法律があり、この知識に関しては建築士の先生の方が詳しいと思うのですが、法律解釈に関しての役割分担はどうお考えですか。

【青木】 建築基準法なり建築関係法令と呼ばれる法律については実務に携わる建築士の方がどちらかというと詳しいと思いますが、弁護士の方でも建築関係法令にお詳しい方もいらっしゃいますので、どちらとも言えないと思います。

【編集部】 建築の関係法令には告示のような細かいものもありますが、このような規定に関して質問があった場合は建築士の先生には調べていただいたりお答えいただいたりすることはできるのでしょうか。

【青木】 はい。それは専門ですので建築関係法令、告示、また東京などの場合は特別区によって条例で若干違いがありますので、そういうことについては建築士の方が詳しいのではないかなと思います。

建築士の専門分野

【編集部】 建築士の業務について、建築士ごとに専門分野は分かれているのでしょうか。

【青木】 建築士も少なからず専門性が存在します。例えば設計事務所などで意匠設計、プランを作成している建築士や建築構造が専門の建築士。また給排水設備や電気設備、空調設備等いわゆる設備関係が専門の建築士。更に建築工事、施工を専門とする建築士等がいます。
一般的には日本建築士会連合会が認定して登録している専攻建築士制度があります。建築士の中でも更に専門的な分野のエキスパートである者と位置付ける制度ですが、この中では専攻領域を大きく8つに分け、まちづくり専攻建築士、統括設計専攻建築士、構造設計専攻建築士、設備設計専攻建築士、建築生産専攻建築士、棟梁専攻建築士、法令専攻建築士、教育研究専攻建築士を認定しています。建築紛争において弁護士が建築士に協力を依頼する際にはその事案がどの建築分野に該当するのかを踏まえた上で、その分野により精通した適切な建築士に相談することが必要になると思います。
もっとも、初めて建築紛争を扱う弁護士には「この事案はどの分野に該当するか」というのはなかなか分からないと思います。やはり、知り合いの建築士などに、事案の区分、どういう分野でこういう問題が生じているのか等を尋ねることから始めるのがよいと思います。

【編集部】 専門的な建築士の先生を紹介していただけるルートはありますか。

【青木】 建築士の団体としては日本建築家協会、日本建築士事務所協会連合会、私が所属している日本建築士会連合会、東京では東京建築士会があります。そこにはそれぞれ建築相談のシステムがあり、建築紛争に巻き込まれた方が相談に行くと対応してくれる場合もありますので、そこで建築士を探すこともできるかと思います。ただ、条件があり、一般的に紛争に発展して係争中の案件の相談は受け付けないところもありますので、その点はよく踏まえた上で相談された方がよいと思います。

5 弁護士から協力を依頼する場合の留意点

【編集部】 青木先生は調停委員として建築訴訟などに関わられていますが、一つの紛争の中でも構造や意匠等、色々なところが争点になっているケースがあると思います。そのような場合、複数の建築士の意見を聞かなければいけないケースも出てくるということでしょうか。

【青木】 そうですね。係争事案のどこの部分が一番問題になっているかを踏まえた上で建築士にまずは相談するというやり方もあります。もちろん建築構造が主に問題になっているということであれば建築構造に詳しい建築士に相談する必要もあるかと思いますが、建築に関する一般的なことであれば通常の建築士でも理解しておりますのでそこから相談を始めてもよいと思います。

6 建築紛争処理に当たって必要な知識

【編集部】 建築紛争処理に当たってこういう知識を持っておく必要がある、ここは知った上で臨まなければいけないといった留意点はありますか。

【竹下】 たくさんあります。「建築紛争=欠陥住宅」というイメージもありますが、設計に問題があるケースもそれなりにあると思います。ですから、委任契約としての法律知識、請負契約としての法律知識の両方が必要です。請負では、契約不適合かどうかの判断で建築基準法施行令、告示まで調べる必要があります。これは絶対建築士に聞いた方が早いです。
あとは期間制限です。古い事案だと切れているかもしれません。
まとめますと、法律構成が請負と委任の法律構成、建築基準法と施行令、そして期間制限。これが、何をすればよいかをミスせずに検討して方向性を出せる最低限のポイントと思っています。

【編集部】 期間制限というのは特に意識する必要がありますか。

【竹下】 受けてから自分のせいで期間制限を徒過したら戒告といわれていますので、受任する以上そういうミソがつくことのないよう注意しておいた方がよいです。

【編集部】 期間制限の関係で、確認しなければいけない事情は何ですか。

【竹下】 時効については引渡日が大切です。引渡日から3年以内なら絶対大丈夫です。雨漏りやひび割れの瑕疵であれば、多くの場合3年もあれば見つかると思います。なお、受任通知を速やかに発送するのは、建築紛争に限らないことですが、契約不適合を知ってから1年以内に通知する必要があるので、これも大切です。

7 相談を受けるに当たって意識していること

【編集部】 相談を受けたときに、意識していることはありますか。

【竹下】 施主側であればまず竣工図を見せてもら い、その上で、どこに不満があるかを確認します。だいたいが、思ったものと違う、約束したものと違うという不満になると思います。思ったより使い勝手が悪いというのもあるかもしれません。とにかくその不満点を見て、それが約束した内容と違っていないかという観点で見るのが施主側の中心的な作業になるので、やはりそこを意識するべきだと思います。

【編集部】 当事者間のメールのやりとりは必要ですか。

【竹下】 契約書がない事案で、やむを得ずメールを全部印刷してメールのやりとりをExcelで一覧表にまとめるという大変な作業を経験したことがあります。そのような場合、最初は大まかに話を聞いて、ある程度のまとまった合意がないか確認していきます。その結果、メールで1個ずつ承諾を取ったということが分かれば、メールが合意の根拠になります。

【編集部】 30分あるいは60分といった決められた法律相談の時間の中で、これは契約不適合として認められるかどうかという結論まで答えることはできますか。

【竹下】 いくつかなら可能かもしれません。たくさんあると時間が足りなくてまず無理ですね。「どういう約束をしたの?」「裏付けは?」と1個ずつ確認していくので10個あれば10倍の時間を要しますから、30分で分かるとしたらその間に質問をして答えられる範囲として数個ぐらいかなという気はします。

【編集部】 相談される不具合の中には、明らかに図面と違う、法令に違反しているというものだけではなく、施工が雑だ、汚れがついているといった不具合と言えるかどうか判断が難しいケースもありますね。

【竹下】 施工精度の問題ははっきり言って分からないです。壁紙に隙間が生じたとして、それが許容範囲かどうかは裁判所が評価するのが結論だと思います。個人的には、そんなにひどくないと思うこともあればひどいと思うこともあります。それはたぶん相談の中では答えられないと思います。

【編集部】 受任するかどうかの判断については基準はありますか。

【竹下】 依頼者が弁護士に依頼をしてメリットがあると感じられるかどうかだけだと思います。未払の代金額の方が多く、主張している不具合が全部認められても払わなければならないような場合はできるだけ相手方と交渉してみるように相談では言います。

【編集部】 青木先生が建築紛争の相談を弁護士と一緒に受けるとき、建築士の立場で何を聞きどう答えるかで意識されていることはありますか。

【青木】 まず大原則として我々建築士としては建築相談を受ける際にはほとんどの場合、当事者の一方の側から相談を受け、話を聞くことを踏まえて耳を傾けるように意識しています。また問題点の話、不具合の話は必ずありますが、それに加えて相談者の中には感情論が先行してしまう方もおられるので、限られた時間内でいかに問題の核心部分、言いたいことはどこなのか、どこに問題があるのかを聞き出すことについても常に心を配る必要があるのではないかという意識で臨んでいます。

【編集部】 その意味ではこういう資料は必ずあった方がよいというものはありますか。

【青木】 事前に持ってきてくださいという書類の中では契約書関係ですと、設計契約書や約款、工事監理契約書や約款、建築工事の場合は建築工事請負契約書等、工事見積書、更に設計図を含めた設計図書、これらはお持ちくださいとお話ししています。
また工事中の物件なのか工事中のトラブルなのか、完成してからのトラブルなのか区分けもしなければなりませんので、完成して引渡しが済んでいる建物の場合は加えて建築確認申請書や建築確認済証、それに検査済証、更に住宅瑕疵担保責任保険の保険付保証明書等もあれば持ってきていただきたいです。要するに渡された書類は全部持ってきてくださいとお話しすることになるかと思います。

【編集部】 非常に多くの資料が持参された場合にまずこれを見るというものはありますか。

【青木】 まず見るのはやはり設計図書ですね。設計図書に問題となるような工事、箇所についてはどのような記載があるのか、これをまずは見ることになるかと思います。

【編集部】 工事の見積書は非常にアバウトな記載になっているものも多いと思いますが、そこから読み取れる情報は結構多いですか。

【青木】 多いです。おっしゃるように見積書の形式は工事会社によっても違いますし、一番悩ましいのは工事の内容で「一式」という書き方でぼんと高額な金額が書かれていることです。そういう見積書はこの工事が本当に入っているのかどうかがつかみにくいということもありますのでそこにも注意が必要だと思います。

【編集部】 ある工事の平均的な金額や単価を知る方法はありますか。

【青木】 設計図書からこの建物はどのような材料を使ったりどのような工法で造られたりしているのかという仕様をお伺いします。まずそこをつかんだ上で、坪いくらぐらいの建物かも認識し、想定しながら見積書を確認していく作業も必要になると思います。

【編集部】 まだ工事中という時間的なところで注意すべき特殊性はありますか。

【青木】 最近多いのは途中で工事を放棄してしまってトラブルになったり紛争になったりというケースです。そういうときには出来高、具体的にはどこまでこの工事は進んでいるのか、それに対して見積書の工事金額のどこまでが終わっているのか、未完成部分に相当する工事項目がどこなのか、いくらぐらいなのかをつかみ取ることが必要になってきます。それは訴訟においてもそうですが、そこを調べながら金額等を割り出していく作業も必要にはなってくると思います。なかなか難しい作業、面倒な作業になるとは思います。

【編集部】 工事が途中で止まってしまっているときに相談者から、別の業者を見つけて早く始めた方がよいのかどうかという質問を受けることがありますが、それは建築士の立場からするとどのような考えでしょう。

【青木】 色々なケースがありますが、工事を止めてどのぐらいの期間が過ぎているかが重要です。工事が止まってすぐの場合は発注者もその工事をしていた工事会社と色々やりとりがあるので、すぐに次の業者を見つけるわけにはいかないと思います。何とか今までの業者に工事を続けてもらえないか話し合ってもうまくいかず半年、1年という形で月日がたってしまうと、次の業者をどう探し、どういう作業をしてもらうのかという話になってきます。
私も経験がありますが、業者が工事途中で変更になった場合、前の業者がどのような作業をしていたのか、次の業者は工事を請けるかどうか判断するために、建物を調査しなければなりません。前の業者が使用していた材料等が使えるかどうかまで踏み込んで調査をしなければなりません。 ほかの業者に依頼する場合には調査費用等も当 然掛かってきますので、金額的には今までの業者が引き続き作業するのに比べて金額が増大することは避けられないと思います。

8 建築訴訟の特殊性

【編集部】 建築調停、訴訟と一般的な調停、訴訟との違いはどういうところにあるのでしょうか。裁判所の期日の進行として違う部分はありますか。

【竹下】 東京の場合、いわゆる欠陥住宅の相談は、 提訴しても調停部に回されるので結局調停になることが多いと思います。ただ通常部のまま維持される場合もあります。代理人としては余り変わらず、訴状、答弁書や準備書面を書いていく訴訟活動という意味では同じです。瑕疵一覧表を作るかどうかが違うぐらいだと思います。一般の調停だと、大まかに、こういう問題がある、直すか金銭解決してくれというだけですから多少細かくない申立てでもよいのかなとは思いますが、やはりある程度きちんと書いています。

【編集部】 建築の調停や訴訟を提起するときはある程度細かい相談で得られた資料や事実関係は最初から細かく出していくイメージですか。

【竹下】 最初から瑕疵一覧表を意識して書きます。こういう約束があったのにこうなっている、この修補費用はいくらと書きます。あとは表に落とし込むだけの話なので、それができていないと訴状の主張として間違っているという理解でよいのではないかと思います。

【編集部】 瑕疵一覧表を埋めていく上で注意すべきことや相手方が出してきた瑕疵一覧表でこういう記載は違うのではないかと思われたことがあれば教えてください。

【竹下】 裁判所から瑕疵一覧表の書き方が出ていますが、それに準備書面の記載をべたっと張り付けるのはやめましょうと書いてあります。これは本当に表が読めなくなります。瑕疵一覧表は目次、箇条書きぐらいの感覚で見やすく作成した方がよいと思います。

【編集部】 期日には業者側の担当者や建築士を同行した方がよいのでしょうか。

【青木】 必ずしもそうとは言えないと思います。代理人が来て、その場で当事者にこういうことをお聞きくださいとお話しすることもあります。また建築業者が来ても、その場では答えられない事項もありますので、どちらとも言えないと思います。必ず付いてきてください、連れてきてくださいという場面ではそのようにお願いしています。

【編集部】 期日において、代理人として、調停委員 や専門委員の人選について意見を求められることがありますが、どのように対応するのが良いでしょうか。

【青木】 私が弁護士によくお話しするのは、この 事案ではこういう分野に強い専門委員、調停委員を入れてくださいとお願いすることもありだということです。そのとおりになるかどうかは分かりませんが。
調停委員の中には、その分野に強くないため、的はずれなことを言われる方もいるかもしれないですが、何か問題があれば、遠慮なく裁判所に言っていただくことも必要だと思います。

9 現地調査

【編集部】 建築訴訟の中で現地を裁判所と見に行くという場面があると思いますが、代理人としては常に現地調査は必要だと思いますか。

【竹下】 見なくて済む場合もあるというのが本音です。写真とビデオで分かる欠陥もあります。

【編集部】 裁判所が現地に来たときに代理人としてはどういうことを意識していればよいでしょうか。

【竹下】 代理人としてはそこで何かアピールする のではなく、主張されている瑕疵の部分を1個ずつ確認する意識で臨むのが一番よいと思います。時間も意外と掛かります。

【編集部】 青木先生は調停委員として現地調査の意義についてはどのようにお考えでしょうか。

【青木】 現地調査はあくまでも紛争解決の一手段として捉えています。裁判所等を含めて当事者が現地でどのような不具合が、どのような場所、範囲で発生しているかなどを確認することで関係者の相互の問題意識の共有化を図ることが必要になってくるのではないかと考えます。それに加えて不具合の発生原因の推定や修補方法、修補費用の算定にも現地で確認した事項が役に立つことは確かにあるかと思います。ただ代理人の弁護士の中には、依頼された物件を訴訟になるまで、また現地検分、現地調査に行くまで一度も見られていないという方がいらっしゃいます。そういうことは原則避けていただき、必ず現地調査に行ったときには代理人の先生がこの不具合はこうですよ、この範囲ですよ、こういうことが起きていますよということをきちんとご説明いただけるような事前の準備をしておいていただくことが必要になってくると思います。

【竹下】 耳が痛いです(笑)。 青 木 証拠の写真の撮り方によっては、例えばひび割れですとクローズアップで写した場合はかなりの幅でひび割れているように見受けられるものの、現地に行ってみると、このひび割れはどこですかとお尋ねしないと分からないぐらいのひび割れということもあります。
ですから証拠だけを見て判断することの危険性も認識した上で現地調査に臨むようにしていただきたいと思っています。

【編集部】 証拠を出す時点でどこのどんな状況かを確認していない代理人はかなりの問題だということですか。

【青木】 そのとおりです。

【竹下】 証拠提出時に分かって出していれば現地調査へ行って分からないことはないはずですから、証拠をもらうときに確認していない点に全ての原因があるのだろうと思います。

【青木】 弁護士の先生もお忙しい中いちいち細かいところまでは確認できない事情も理解してはいますが、実際に建築訴訟を担当されるのであれば確認しておいていただきたいです。

【編集部】 証拠で出す写真の撮り方や選別は、建築士の先生に相談しながらするべきでしょうか。

【青木】 何が何でも建築士に頼んでということでもないと思います。事件の内容によってそれは変わってきます。きちんとした調査報告書が欲しい場合は建築士に頼んだ方がよいと思いますが、建築士でもそういう調査に慣れていない方がいらっしゃいますので、ある程度経験のある建築士に依頼しないと問題が起きてしまうこともあると思います。

【編集部】 動画で撮るべきなのはどのような場合ですか。

【青木】 例えばひび割れを動画で撮ってもそれほど影響力はないですが、雨漏りではしずくが「ぼたぼた」なのか「ぽたっぽたっ」なのか、どのぐらいの間隔で落ちてきているのかという状態も含めて動画で撮ることができる場合も確かにあります。DVD 等で証拠として出して、これを見てくださいということになると思います。

【編集部】 弁護士は屋根裏や床下に行くべきでしょうか。

【竹下】 それは当然行った方が良いです。何で嫌なのかなと思います。床下の写真と天井裏の写真がどれほど撮りにくいか実感するためにも1回は行っておくべきです。撮りたい写真が全然撮れないことが分かります。 天井裏を撮ったときにはとにかく明るさが足りないというのが実感できます。それを普通紙に印刷しても、見えないし分からないし、証拠になりません。

【青木】 建築の専門家の立場から言うと、弁護士の先生等々建築の専門家でない方が不具合事象を見られて受けた印象が準備書面等で書かれているとかなり注目します。やはりそれだけひどかったんだな、それだけ不具合が大きいものだなというようなことも知ることができます。

【編集部】 相談した建築士が「そこまで重大な不具合ではない」という見立てだったとしても、弁護士として一般人の目で見てひどいと思えばそれは主張した方がよいということでしょうか。

【青木】 おっしゃるとおりです。

10 解決の方向性

【編集部】 建築訴訟で修補する方向での解決というのはあり得るのでしょうか。

【竹下】 提訴前は別として、訴訟になった場合には、感情的な問題もあるし難しいように思います。

【編集部】 建築調停・訴訟では、調停案・和解案が 出されることが少なくないですが、調停委員としては話合いとしての解決についてどのように考えておられるのでしょうか。

【青木】 先ほどからのお話の流れで言えば、建築工事会社、工務店などにきちんと修補工事を実施してもらえるような形で和解が成立すればそれはそれで一番よいことなのですが、訴訟等に入っている場合ですと既に今までの経過で双方の信頼関係も崩れてしまっているというケースも少なくありません。修補工事は他の工事業者に依頼したいというようなことも言われることが少なくないです。そのような場合には修補に要する工事金額相当での金銭解決を図るということになりますが、修補工事金額が当事者の双方で大きくかけ離れていることがあります。
金額がかけ離れている場合、調停委員が適切と思われる修補方法、その修補方法に基づいた修補金額を算定して双方に提示して、それを基にして和解成立に持っていくという形で流れていくことの方が多いと思います。
どうしても判決が欲しいという当事者もいますが、できれば双方が調停案等々を踏まえてそれに近づけるように譲り合って和解していただきたいです。ここはやはり代理人の腕です。どうしても代理人の話を聞かないという依頼者もいらっしゃいます。そのような場合には裁判所側としては、 「では我々からお話ししますので当事者を連れてきてください」というご依頼をすることも少なくないです。

11 債権法改正による影響

【編集部】 今回の債権法改正で、建築紛争に関連する部分で、実務上影響を感じているところはありますか。

【竹下】 附則によって改正前の契約は旧法によることとなっていますから、まだ大きな影響は感じていません。唯一、不当利得の返還請求が絡んだときに遅延損害金が影響を受けたぐらいです。改正によって何か大きく変わるのは、現時点では利率ぐらいかもしれません。

【青木】 実際の建築士の業務においては、もちろん契約書、工事請負契約書、設計の契約書等の内容はそれなりに変わっていて、新しい契約書を使うようになりました。また契約書の内容、約款等についても変わった部分がありましたので、新しく契約する工事に関してはそれを踏まえて契約していかないと今までのような工事を契約したり工事を施工したりというのには問題があります。特に発注者に対する事前の説明等に関しては注意するようにはしています。

12 建築紛争処理に当たる弁護士へのお願い

【編集部】 調停委員としてのお立場から、建築紛争処理に当たる弁護士にお願いしたいことがあればお聞かせください。

【青木】 書面の提出が遅い、なかなか出てこない、また当日になって出されるというようなことはできるだけ避けていただければと思います。せっかく建築調停委員が入っているので事前に目を通して、その期日において更なる声掛け等々はされることがありますので、期日当日に書面が提出されると目を通せません。1回目の期日がむだになるということもありますので、そこも考えていただければと思います。

【竹下】 気を付けなければいけませんね。

【青木】 毎回今までと同じ主張や見当違いの主張を繰り返される代理人の先生も中にはいらっしゃいますので、依頼者と事前によく協議をされた上で臨んでいただければと思います。我々の立場では、直接ここがおかしいですよとは言えませんが、ここについてもう一度考察して協議しておいていただけま すか等々はお話しします。そういう点について見落とさないで次につないでいただければと思います。また、依頼された不具合物件の建物や不具合事象を代理人が確認していない、理解していないということもありますので、そこのところは十分お願いしたいです。時効や除斥期間などの確認をせずに訴訟に臨んでいる代理人も見受けられますので、そういう点も見逃さないでください。
更に、調停の中で調停委員や裁判所が直接指摘はできないのですが、ヒントを投げ掛けることはあります。そういうヒントをぜひ見逃さないようにしていただけるとよいのかなと思います。

【編集部】 瑕疵一覧表の作成や争点整理についてはいかがでしょうか。

【青木】 瑕疵一覧表、追加工事一覧表を作成していただく場面もありますが、この一覧表はあくまでも手段の一つであって、その一覧表を完璧に作り上げるというところまではお願いしていないので、そこについてはそれほど神経質になる必要はないかと思います。
22部で公開されている瑕疵一覧表等々の書き方ですが、あれはパーフェクトなもので、そこまでつくらなければならないものではありません。必要事項は問題になっている不具合事象とそれを立証するための証拠がどこにあり、証拠番号の何番に当たるか等々、そういうことを記載していただければと思います。またその修補金額等、修補するにはどのぐらいの金額を想定しているのか等、そういうことを書いていただければよいのかなと思います。
そして争点整理は、必ずしも急いですることでもないと建築士の立場では思います。もちろんなるべく早めに作るということは要求されるかもしれませんが、建築専門家調停委員が入って調停の初期の場で行うようなことも考えておいてもよいのではと思います。

【編集部】 和解協議の段階ではいかがでしょうか。

【青木】 調停が進行し、中盤から終盤に差し掛かる中で代理人の先生もこの事案の落としどころについて一つ考え、またその落としどころを依頼者の方々に説明しておくこともお願いできればと常に考えています。

13 これから建築紛争を扱う 弁護士へのメッセージ

【編集部】 最後に建築紛争をこれから扱ってみたい と思っている弁護士へのメッセージをお願いします。

【竹下】 まず一件取りあえず扱ってみてください。
うまくできたらうれしくてまた続くと思います。よくできていたらたぶん次の依頼もあると思います。特に業者側はそうです。やはり一件目を勉強だと思って、費用が安くても、余りお金のことは考えずにやってみてはどうでしょうか。できるようになってくると何でも面白いです。