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裁判員裁判レポート 「将来の刑事弁護人へ」

趙 誠峰 Seiho Cho(61期)

0. プロローグ

私にとって32件目の裁判員裁判公判となった監禁・強盗致傷被告事件。この事件もまた忘れることのできない事件となった。
時は遡り2006年の夏。私は早稲田大学ロースクールの学生として「刑事クリニック」という授業を受講した。「刑事クリニック」という授業は、実際の生の刑事事件について、弁護士資格を有する教員とロースクールの学生とがともに力を合わせて弁護活動を行う授業である。私はそれまで刑事弁護というものに全く興味がなかったが、せっかくロースクールに来たからにはクリニックの授業を受けないともったいないという気持ちでこの授業を受講した。これが、私が刑事弁護に目覚めたきっかけである。このときの弁護士資格を有する教員は高野隆先生であった。高野先生は学生の主体性を最大限尊重し、学生たちに対して、決して弁護士の活動を見学するのではなく、「学生弁護人」として責任感を持って、「自分の事件」として活動するよう仕向けた。そして、決して「実務」を学んではいけない、ということも教え込んだ。そして私は「学生弁護人」として、自分自身の事件として、このときの事件に全力で取り組み、刑事弁護という仕事の魅力に惹かれ、刑事弁護人としての道を歩むこととなった。
そこから約15年。私は所属する事務所(早稲田リーガルコモンズ法律事務所)が主宰するプログラムの一環で、ロースクールを修了して司法試験を受けた直後の学生たちと実際の生の刑事事件に取り組むこととなった。指導者弁護士として私が選んだ事件が、監禁・強盗致傷被告事件であった。私は6人のロースクール修了生たちとこの事件に取り組んだ。

1. 事件の概要

実に複雑な事件であり、事件の概要を正しく記すだけで許された紙幅を費やしてしまうので、ごく簡単に記すこととしたい。
被告人が運転する自動車(ハイエース)の中で、被告人の知人が、相手方(交際関係にある男女2
人組)に対して刃物を示し、金銭を強取し、さらに被告人がこの自動車を運転して監禁し、最終的には相手方の自宅まで自動車を運転して相手方からさらに金銭を強取したとされる事件であった。被告人は中古車販売業を営む者で、相手方2人は被告人から中古車を購入する契約を締結した者であった。そしてこの日相手方は、被告人から、購入することになった自動車が配送されたことを告げられ、内見をするために自動車が配送された駐車場に被告人らとともに移動していた。ところが配送されているはずの自動車は実際には配送されておらず、その後監禁され、金銭を脅し取られたという事案であった。
検察官は、被告人と知人とが、相手方からお金を取ること(強盗)を事前に共謀し、うその話でおびき寄せて強盗、監禁をしたという主張であった。それに対して私たちは、強盗や監禁の共謀など一切していない、被告人は本当に自動車が配送されたと思っており、自動車の内見をするために相手方に連絡して移動しただけであるとの、無罪の主張であった。

2. 学生たちとの議論

私は、ロースクール修了生に対して、「実務」を追従してもらいたくない、誤った「実務」に触れる前にピュアな気持ちで刑事事件の弁護活動に向き合ってもらいたい、そのためにも弁護士の仕事の見学ではなく、「学生弁護人」として責任感を持って事件に向き合うことが、この手の実務教育にとって最も重要なことであるし、これが将来の刑事弁護人を1人でも2人でも増やすことにつながると確信している。
だからこそ、この事件においても私は学生たちに対して「学生が考えたとおりの冒頭陳述、尋問、最終弁論などをやる」と宣言し、各学生に冒頭陳述、尋問、最終弁論などの担当を割り振った(当然、弁護士として最善を尽くさなければならず、もし学生が考えた内容の訴訟活動が最善弁護活動に抵触するならば、そのような弁護活動をすることは許されない)。だからこそ、何度も何度も議論を重ねて、最善の弁護活動を模索した。学生たちは、まさにこの事件は「自分たちの事件」であるという気概を持って、膨大な記録に向き合い、格闘してくれた。

3. 公判

公判弁護活動は、学生たちと議論を尽くした冒頭陳述から始まった。そして検察官証人(事件の被害者とされる人物)の尋問となった。学生たちは傍聴席に陣取り、主尋問のメモを取ってくれた。そして主尋問と反対尋問との間の休廷時間には、簡単に作戦会議をして反対尋問に備えた。この被害者証人は、当初の想定では証人そのものの信用性(個々の事実レベルの議論ではなく、そもそもこの証人は信用できないという意味)が問題になると捉えていた。ところが、主尋問での証言態度、証言内容などを踏まえると、若干の方向修正が必要となった。これは後に最終弁論の内容を考える上で大きなポイントとなった。
ところでこの裁判では、被害者証人尋問においても、被告人質問においても、裁判官による膨大な補充尋問が行われた。しかも被害者証人尋問については、その証言を支える方向での補充尋問が延々と繰り返され(約30分)、被告人質問においては被告人の供述に疑問を持たせる方向の補充尋問が延々と繰り返された(これもまた約30分)。このような裁判官の訴訟指揮に対して、学生たちが顔を真っ赤にして「許せない」と憤っていた姿を見たとき、私はこのプログラムの成功を確信した。彼らは「お客さん」ではなく、一当事者として、学生弁護人として事件に向き合っていた。
そして証拠調べを終えて、翌日最終弁論となった。ここでどのような最終弁論が効果的か、既に学生たちと十分に議論はしていたが、公判終了後に改めて学生たちと証拠調べを踏まえた議論をした。そして、「事前共謀を否定するために最も強い事実はなにか」、「現場共謀を否定するために最も強い事実はなにか」ということを改めて考えた。その中で、被害者証人について、証言の信用性を弾劾することはせずに、基本的に被害者証人は信用できる前提で最終弁論を組み立てることとした。そして翌日、約40分間、学生たちと議論を尽くした最終弁論をした。私はこの時点で勝利を確信した。強盗についての共謀(少なくとも事前共謀)は否定されると確信した。

4. 判決

懲役8年の求刑に対して、判決は懲役4年であった。強盗の事前共謀を否定した一方、強盗の現場共謀は認定されたものの、致傷結果が強盗の共謀後に発生したとは言えないとして、強盗、監禁の限度での有罪判決であった。
判決では、私たちの最終弁論がほぼ全面的に受け入れられ、最終弁論に沿った形での事実認定であった。強盗の現場共謀が認められた点に不満はあったが、それでも十分な判決であった(事後の反省会において、被害者証人の証言が信用できることを前提にした最終弁論が非常に効果的であったと裁判長からコメントがあった)。なお、判決は双方控訴せずに確定した。

5. 学生たちの感想

判決宣告後、学生たちの満面の笑みが見られるかと思いきや、みんなどこかさえない表情をしていた。ある学生が「これは勝ちなんですか?」と聞いてきた。彼らは、強盗の現場共謀が認められてしまったことにどうしても納得がいかず、また懲役8年の求刑に対して、懲役4年という判決をどう捉えていいのか分からない様子であった。このような彼らの反応が実に新鮮であった。
そして、学生たちが寄せてくれた感想の一部をここで紹介したい。

「1つの生の事件をここまで詳しく検討するという貴重な経験をさせて頂いて本当にありがとうございました。検察志望ですが、証拠に基づく議論や一方当事者としての主張の構成など本当にためになることを学びました」「事前準備や公判での先生方のご活躍を拝見し、また、一緒に関わらせて頂き、本当の意味で依頼者の人生に真剣に向き合い、できる限り力を尽くすことが依頼者の『味方』になるということなのだなと思いました」「この3日間見せて頂いた裁判が(お世辞とかでなく本当に!)人生で1番心揺さぶられました。おこがましいのは承知の上で、先生方のような法律家になりたいと思いました」

6. 将来の刑事弁護人へ

裁判員裁判を担う弁護士の層を厚くして、そのレベルを上げることは、個々の事件における被告人の権利利益の擁護にとどまらず、この国の刑事裁判の在り方そのものを左右する。だからこそ、私たちには、5年後、10年後、15年後の裁判員裁判を担う刑事弁護人を生み出す義務がある。
裁判員裁判が当たり前の時代となり、刑事弁護以外の弁護士の業務分野も大きく広がる中、意欲のある刑事弁護人を生み出すことは簡単なことではない。そういう中で、私は「原体験」がとても重要だと思っている。若者たちが、多くの「原体験」を積むことができるよう、このような活動を続けていかなければならない。そして、今回の「原体験」を積んだ彼らの1人でも2人でも、5年後の裁判員裁判を担う刑事弁護人となっていたら、これほどうれしいことはない。