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インハウスレポート

榊原 美紀(49期) ●Miki Sakakibara

インハウスローヤー(組織内弁護士)とは、企業に役員や従業員として所属する企業内弁護士、及び、省庁や自治体に職員(主に任期付き職員)として勤務する弁護士の総称です。
本企画は、当会所属のインハウスローヤーに経験談を紹介していただく連載企画です。

15年以上インハウスロイヤーを経験した身として、法律事務所での勤務経験も含め、これまでのキャリアを振り返って「幸福度」について数値化してみました。グラフの横線は、年齢です。グラフの縦線は、幸福度のスコアで、10点満点にしました。

①「精神的幸福度」は、自分としてのハッピー度です。②「経済的幸福度」は、収入です。③「人脈」を一つの指標として挙げたのは、インハウスロイヤーになって、人脈の幅も数も非常に充実したことが意外だったためです。④「休暇の充実度」は、単に休みの日数だけでなく、計画的な休暇が可能であるか、海外旅行の可否なども含めて評価しました。まず全体として、右に行くほどグラフの線が上昇しているので、幸福度は大器晩成型になっているといえます。これは、日本企業の場合、年齢や経験値が上がるとマネジメント職になることが推奨されていることから、マネジメント業務が性に合う人の場合には、年齢とともに上昇傾向になりやすいと思います。

①「精神的幸福度」から順に見ますと、法律事務所に勤務していても、インハウスロイヤーになっても、基本的に法律に関する業務は何をやっていてもそれなりに知的好奇心を充足するため、数値は高いところから始めました。ただ、インハウスロイヤーになってからスコアが高まった理由は、「人」 の要素が強まったからです。企業での勤務は、ファミリーのように一体感があり、日々周りの人と助け合って何かを達成していくような環境です。それゆえ、人嫌いの人は、インハウスロイヤーには向かないのではないかと思います。

②「経済的幸福度」ですが、インハウスになった途端に、収入が減少しました。日本企業では年齢が比較的若いと、人事の給与体系上、法律事務所ほどの給料が支払われないため、一般的な傾向だと思います。ただ、土日や深夜まで働く必要がなくなったので、時給に換算しなおすと、むしろインハウスロイヤーの方が高いかもしれません。その後、年齢と経験値、また、経済界での年功序列に対する給与体系の改善などもあって、収入は増加しており、今では、法律事務所の方と変わらないです。また、企業では、一般的に年次が上がると管理職、さらには、マネジメント職に就くチャンスに恵まれます。高いポジションに就けば、当然、報酬も上がります。ただ、弁護士の場合、資格があることが企業内でのキャリアアップの助けになるものの、逆に職人肌の場合には、マネジメント職になると、他部門の高いポジションの方々との調整業務が多くなり、そのよ うな業務が得意でないと、キャリアアップがしにくくなるという難点があります。
「調整業務」とは、一体何なのか、と思われる方もおられるかもしれません。ビジネスの現場では、日々、意思決定をする必要があるわけですが、多くの人が関与するためなかなか意思決定ができない中で、決定や解決に向けた「コミュニケーション」をすることを意味します。これはロースクールでも司法修習でも学ぶことはなく、会社員は、皆、新入社員の時から先輩の仕事ぶりを見ながら学んでいると思われます。私のように、法律事務所での勤務後にインハウスに転身しますと、そのような経験が全くない中でいきなりチームの責任者などに就いたわけで、調整業務をこなすのはなかなか大変だったと記憶しております。インハウスロイヤーになった当初、親切な上司や部下から、よく「調整」の仕方を教わったものです。
今後、弁護士会において、企業内でのマネジメント職向けの研修が提供できれば、インハウスロイヤー としてキャリアアップを目指す若手弁護士や、中堅以上の弁護士から企業のマネジメント職に転職しようとする者等にとっては、将来の備えとなるのではないか、と思います。

③「人脈」は、どの企業に入り、どんな仕事をするかによって違いはあると思いますが、私の場合には、ロビー活動を担当したことがきっかけで、非常に多岐にわたる分野の人と知り合うことができました。そのことによって、人生が豊かになりましたし、自分の成長にも影響したように思いますので、「幸福度」の要素として挙げました。
人脈の幅でいえば、例えば、消費者団体、マスコミ、勤務していた電機業界やコンテンツ業界、官僚、政治家、学術界などです。インハウスロイヤーでも、ずっと会社の中にいるだけの仕事をしていると、このような結果になりませんので、インハウスロイヤーならでは、ということではありません。

④「休暇の充実度」については、やはりインハウスロイヤーのキャリアとなってからは、基本的に一貫して上昇しています。どの会社でも同じなのかわかりませんが、企業の法務部では、夏や年末に一定期間の休みを取ることは比較的容易です。インハウスロイヤーになってからは、毎年、数回は海外旅行に行く習慣ができました。法律事務所時代の方が、一回の休みが比較的短かったと思います。最近、グラフの線が下降気味なのは、転職して時間がたっていないこととコロナで調子が狂ってしまっただけで、近いうちに元通りの高い値に戻るだろうと思います。

インハウスになった2003年当時、キャリア形成が幸福度とどう結びつくかなど考えたことはありませんでしたが、法律事務所時代も含めて振り返ってみました。インハウスロイヤーについてあまりご存じでない方の参考になると幸いです。