出版物・パンフレット等

弁護士の新しい働き方

Ⅰ なぜ今新しい働き方なのか

1.いつでもどこでも仕事ができること

緊急事態宣言が発令され、初めてリモートワークを体験された方が多いと思いますが、どんな場面でも、普段と変わらないリーガルサービスを提供できることの大事さを実感しました。特に企業がリモートやデジタル技術を活用する中で、それに対応できる弁護士に頼みたくなるのは当然かもしれません。何もしなければ、確実に時代に取り残されてしまいます。

2.DXによる業務の効率化

DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、デジタル技術による業務やビジネスの変革をいいます。もともと、コロナと関係なく、政府の重要指針の1つであり、我が国の産業の重点課題となっています。

弁護士においても、裁判期日がTeams で行われることに違和感はなくなり、郵便、電話、FAX などは、いずれほぼなくなるでしょう。そうなれば、事務局の仕事も合理化が可能です。弁護士も、コアな業務に集中することができます。また、紙ファイルを削減することにより、事務所の面積も小さくなり、フリーアドレス化も可能になります。
このようにDXによる業務の効率化によって、経常コストを下げ、弁護士業務の質と量を上げることにより経済的基盤を底上げすることができます。

3.多様な働き方の受容

育児や介護で事務所に長時間出勤することが難しい弁護士も、DX 化により出勤した弁護士と同等の仕事を果たすことができます。また、事務所にいる必要性がなくなれば、多様な人材を確保することが可能になります。前述のとおり、場所的な制約がなくなり、業務が効率化できれば、その分を自分の時間に使え、リゾートにいても、そこで仕事ができれば、ワーケーションとして堂々と休めるということです。ワークライフバランスを図ることができ、充実した人生を送ることが可能となります。

Ⅱ では、今どうすればよいか

とはいえ、現状をどう変えれば、新しい働き方ができるのかということについて、残念ながら、現時点では正解はありません。できない理由はいろいろとありますが(後出、「リモートワーク化のためのQ&A」参照)、ここでは、アナログな人から、ある程度でデジタル化が止まってしまっている人を対象に、今何をすべきか考えてみます。

レベル1 まだいたアナログ人間→まずは、スマホ。話はそれから

 「事務所でデスクトップのパソコン(以下、PC)を使用。携帯電話はよく使うが、家で仕事はしない。難しいことはしたくない」という人です。
まずは、携帯電話をスマホ(iPadなどのタブレットも可)に替えることから始めてください。以下の2つを始めるだけで、飛躍的にデジタルリテラシーが向上します。

❶︎どこでもメールの送受信をできるようにする

まず、スマホのメールアプリで、どこでもメールが読めて返信できる環境を構築します。メールアプリの設定は、基本的にPC のメールソフトと同じです(Gmail を使っている場合は、Googleのアカウントだけで設定できます)。

❷LINEやチャットを利用し、電話を減らす

事務局や事務所の他の弁護士との連絡など、内部の連絡にはLINEや各種のチャットアプリ、Gmailをインストールしチャットを利用します。不在中の連絡や伝言にリアルタイムに反応でき、LINE やチャットでは、本文中の電話番号を押せば、そのまま電話やメールができます※1

※1 LINE はプライベート用として、仕事では使いたくないという方も多くいます。LINEを使うかどうかはよく話し合い、仕事で使いたくないという方がいる場合は、他のチャットアプリを使いましょう。

レベル2 スマホでだいたい仕事はできている→ノートPCを使うべし※2

「スマホで急ぎのメールに対応し、家でもスマホをいじっているが、難しい仕事は事務所に行ってから」という人です。
サブ機となるノートPC を購入してください。手元にPC があれば、スマホではできない契約書のレビューや、準備書面に手を入れることは十分可能ですし、何よりZoom などのリモート会議ができるようになります(スマホでもできますが、使い勝手からお勧めしません)。

※2 ノートPCを持ち歩いて使う場合は、起動パスワードを設定するほかに、内蔵ハードディスクを暗号化するなど、万が一、紛失した場合に備えて、セキュリティー対策をしましょう。

❶ノートPCの購入ポイント

1㎏以下の重さで、13インチ程度の画面が望ましいでしょう。広報室で人気なのは、Surface Pro シリーズです。Let'snote も弁護士に人気です。いずれにせよ、弁護士業務に必要なOfficeのソフトがインストールされていることが絶対条件です。

❷Wi-Fi環境の整備

PC は、スタンドアローン、つまりネットワークにつながっていなければ意味がありません。自宅にWi-Fi の環境を構築しましょう。自宅に光回線が導入されていれば、Wi-Fiのルーターを購入すればよいだけです。光回線がなければ、この機会に設置するか、無線でインターネットを利用できるサービス(UQ WiMAX など)を契約しましょう。弁護士会館でも簡単にWi-Fi を利用できます(二弁のアプリmiNiBen にWi-Fi のパスワードが届きます)。外出先では、私は、スマホのテザリングを利用しています。なお、カフェなどの公衆Wi-Fi は、セキュリティーの観点から弁護士が利用するのは避けましょう。

レベル3 紙ファイルの呪縛 →脱紙ファイル・記録のデジタル化へ

「ノートPC は持ち歩いて、ほぼ仕事はどこでもでき、Zoom やTeams も使える。ただ、訴状や準備書面の起案などは記録がないからできない」という人です。起案もできるようになれば、完全なデジタル化に向けて進んでいけます。

❶︎書面をPDF にして保管、どこからでもアクセス可能とする

事件ごとに紙ファイルを作るのと同時にデジタルのファイルも作成します。依頼者にメールで提出物を送るときには、いったんPDFにするので、それをデジタルファイルにまとめるだけです。打合せメモなどもスマホのカメラで撮影し、記録しておきましょう(PDFにもできます)。

❷タブレットやデュアルモニターを使いこなす

起案するには、当然証拠や準備書面を見ながら起案することになります。1画面で起案することは相当難しいので、起案しながら必要な書類が閲覧できるよう少なくとも2画面以上は同時に起動できるようにします。大きなディスプレイを置くスペースがない場合は、13〜15インチ程度のモバイルディスプレイもあります。

レベル4 統一、連携を図りたい→未来の弁護士へ

「どこでもいつでも仕事がしたい。事務所に行かなくても不便がないようにしたい」という人です。
事務局や他の弁護士、依頼者と連携できるような環境の整備を進めていくことになります。

❶事務所として統一的な規格でデジタル化すること

デジタルファイルなどの規格を統一し、事務局と連携して事件の記録管理と進捗管理をできるようにします。事務所にVPN 接続環境がある場合は、ノートPC で事務所のサーバーのファイルにアクセスできれば、他の弁護士や事務局とも連携可能です。VPN 環境がない場合は、数名程度であれば、クラウドストレージでファイルを共有することもできます※3。事件記録管理には、PDFの検索が簡単にできる「弁護革命」などのソフトの導入も一考ですが、工夫によって、自分たちが便利なようにオリジナルのやり方ができると思います。

※3 人数が多い場合は、「Share Point」など、多人数での共有を前提としているサービスを利用しましょう。また、共有範囲の設定には注意してください

❷リモートワークへのデバイスがそろっていること

Zoom、Teams は当然、その他のリモート会議もできるようにします。専用デバイスとして、外部カメラ、外部マイク、背景も工夫し、自宅にいるとは分からない環境にしましょう。
会議だけでなく、調べ物もどこでもできるようにアプリを入れましょう。多少費用はかかりますが、判例検索や書籍検索はどこでも可能になります。

リモートワーク化のための Q & A

Q1 リモートワーク中に事務所に電話がかかってきました。事務局が電話を受けてメールで弁護士に連絡、弁護士から折り返すのでは、対応に時間と手間がかかります。どう対応したらよいでしょうか。

事務所の固定電話にかかってきた電話は、電話転送機能を使えば、スマホに転送され、どこにいても通話が可能です。
また、インターネット回線を利用したクラウドPBX を利用すれば、事務所の番号にかかってきた電話をスマホで着信、転送可能となるほか、スマホから、事務所の番号での発信が可能になります。通話料もお得になるほか、事務所を移転した際にも、電話番号をそのまま引き継げるといったメリットもあります。発信については、050から始まるもう1つの電話番号の利用を可能にする「050 plus」というアプリもあります。

Q2 リモートワーク化を進めても、FAXの送受信には事務所への出勤が必要でしょうか。

最近では、送受信したFAXを自動でPDFにして、メールで送付してくれる機能が付いた複合機がありますので、これを利用すれば、事務所にわざわざ出向く必要はなくなります。小規模の事務所では、全てのFAX を全員にメールで送付してしまう方法でもよいかもしれません。複数名の弁護士が所属する事務所では、それではメールが煩雑になりますので、FAXの内容・宛先を確認して、メールで振り分けを行う担当者を置いて対処するのがよいのでないでしょうか。
FAX の送信には、事務所にいなくても、文書を添付ファイルとしてメールで送るだけで送信が可能な、「eFAX」が便利です。ただし、書面に印鑑を付けることはできませんので、準備書面等の送付には利用できないのが難点です。

Q3 郵便物の受領、発送のためにも、事務所への出勤が必要でしょうか。

郵便物の受領については、転送サービスを利用して自宅等に転送する方法もありますが、転送できない郵便物がある上、受領・確認までに時間がかかってしまい、現実的ではありません。古典的ではありますが、事務所に出勤する当番を決めて、郵便物を確認し、宛名ごとに、メール等で報告、共有を行うことで対処するのが、一番確実ではないでしょうか。
郵便物の発送については、まず、内容証明郵便は、既にコロナ禍以前より導入済みの事務所が多いかと思いますが、「e内容証明(電子内容証明)」が便利です。指定された書式に従って作成すれば、郵便局に行かずとも、PCから24時間いつでもどこでも発送可能です。
その他の一般的な郵便物は、「Webゆうびん」で、Word とPDF のファイルをアップロードすれば「Web 速達」なら5枚までの制限があるものの、PC から発送が可能です。追跡サービスも利用できるので、特定記録郵便としても利用可能であり、職印を電子化しておけば、押印された文書を発送することもできます。

Q4 リモートワーク化が進み、弁護士、事務局が、いつどこで何をしているのか把握できなくなってしまいました。予定を共有するためには?

リモートワークをスムーズに進めるためには、予定共有が不可欠です。代表的なツールとしては、「Googleカレンダー」が挙げられます。メールソフトとして、Gmailを利用している場合には、連動しやすく、複数人の予定を視覚的に容易に把握できます。スマホと連携させれば、スマホからでも、入力・確認が可能ですので、裁判所で次回期日を決める際、同時刻に事務局がPC で予定を更新しても、これを踏まえた日程調整が可能になるなど、予定重複のミスを避けられるというメリットもあります。所内の会議室の利用状況を入力・管理することも可能です。同様のツールとしては、掲示板や住所録などの情報共有も可能な「サイボウズOffice」があります。

Q5 リモートワークにより、弁護士や事務局に、口頭や紙、内線での指示・連絡ができなくなってしまいました。スムーズにやり取りをするためには?

スムーズに、執務場所にとらわれることなく、簡便にコミュニケーションを取るため、「Slack」や「Chatwork」、「Teams」といったチャットアプリを利用する事務所が増えています。目的・案件ごとにメンバーやルーム名を設定でき、煩わしい挨拶や署名を省いて、目の前で会話をしているような手軽さで、メッセージをやり取りすることが可能です。データの送受信も容易である上、いずれもスマホと連動可能ですので、事務所内外を問わず、どこにいても簡単に操作できます。
今やプライベートでの連絡ツールとして広く浸透している「LINE」を用いる方法もありますが、仕事と個人での利用を区別したいという人も多いため、導入には慎重を期す必要があります。
ツールが複数となると、いろいろなツールの確認が必要となり、むしろ効率が落ち、見落としの危険が生じますので、少なくとも所内の連絡ツールは統一するなど、ルールを決めて導入を進める必要があります。

Q6 リモート(Web)で会議・打合せに参加するには?

コロナ禍で急速に広まったWeb 会議ツールとして「Zoom」が挙げられます。セキュリティーに問題がある等の指摘がなされ、敬遠されていた時期もありましたが、参加者以外にはミーティングID を公開しないようにする、ミーティングにパスワードを設定する、参加者を常に確認する、といった対応を守っていれば、特段問題なく、企業、個人を問わず、最も利用され普及しているツールといえます。
会議に参加するには、事前にホストから送付されたURL を会議時間にクリックするだけです。アプリのダウンロード、アカウント作成の必要もありません。会議の設定、開催も難しくありません※1。「Zoom」をマスターすれば、遠方の依頼者とも、顔を合わせて、資料を共有しながら、打合せや法律相談ができるようになります。
裁判所のWeb期日で利用されている「Teams」や、「Google Meet」、「Slack」「Chatwork」でもリモート会議ができます。自宅と悟られずに会議に参加するためには、背景を設定しておくとよいです。事務所のロゴを入れたり、名刺アプリ「Eight」で作成した名刺の二次元コードを貼り付けたりしている人もいます。

※1 会議の設定、開催方法は、Zoomのヘルプセンターをはじめ、様々なサイトで分かりやすく解説されていますので、ご参考ください。

Q7 紙の書類をデジタル化・データ化して保管するには?

まずは、複合機のスキャン機能を使って、紙の書類をPDF にしましょう。FAX で送受信された書類は、Q2のとおり、複合機の機能によっては、自動でPDF に変換されます。訴訟記録については、メールにPDF を添付して報告を行う方も多いのではないでしょうか。
iPhone に標準搭載されているメモアプリでも書類をきれいにPDF にすることができます※2。すぐにPDF にしたいときや、複合機が使えないときに重宝します。

※2 iPhone のメモアプリで新規メモを作成→画面の下のカメラマークをタップ→「書類をスキャン」をタップ→ PDFにしたい書類を画面に収める→書類が認識されると撮影対象が黄色く囲まれ書類が自動で撮影される→「保存」をタップ。

Q8 データはサーバーに保存しているため、外部からではアクセスできません。どこからでもアクセスできるようにするには?

簡単なのは、自分のPC にデータをダウンロードしたり、必要に応じてメールに添付したりする方法です。
もう少し効率的な方法としては、外部のデバイスからでも所内のネットワークにアクセス可能な「VPN」を利用する方法のほか、インターネット上のサーバー(クラウド)にデータを保管する「Dropbox」「OneDrive」等のクラウドストレージの利用がお勧めです。クラウド上にデータをアップロードしておけば、どこにいても、PC・スマホからアクセスでき、ファイルの閲覧・ダウンロードが可能になります。無料版のサービスもありますが、セキュリティー、容量の制限を考えると、有料版の方が安心です。

Q9 リモートワーク中でも文献を閲覧するには?

判例検索、法律雑誌については、インターネットで、どこにいても検索、閲覧が可能な「判例秘書 INTERNET」、「TKCローライブラリー」、「Westlaw Japan」等の利用が便利です。
書籍も、電子化され、Kindle やスマホでいつでもどこでもダウンロード可能なものが増えています。スマホやタブレットで閲覧可能な模範六法のデジタル版も発売されています。更に近時では、「LEGAL LIBRARY」、「弁護士ドットコムライブラリー」といったサブスクリプションサービス※3が広がり、自宅にいながら様々な文献にアクセスできるようになっています。官公庁の通達やガイドラインも、インターネットから閲覧可能なものが増えています。

※3 月額等で一定の料金を支払うことで、製品やサービスを一定期間利用することができる仕組み。

Q10 事務局のリモート化を進めるためには?

まずは、事務局にもノートPC を支給したり、インターネット環境の整備を補助したりといった施策が必要になります。持ち運びによるセキュリティー上のリスクを考えると、事務所用とは別に、自宅専用のPCを支給する方法が安全です。
電話、FAX、郵便への対応業務は、Q1~3を検討しましょう。銀行関係の業務も、インターネット上で取引履歴の確認や振込みが可能な銀行が増えています。請求書の作成、送付作業も、PC、メールを利用すれば、自宅でも作業が可能です。
他方で、裁判の証拠の作成や、職印を押してFAX での送付が必要な準備書面の提出作業等、どうしても事務所での作業が必要な業務もあります。まずは、どういった業務であれば自宅でも作業可能なのかを洗い出し、事務所に出勤する人とそうでない人の分業を図ることが求められます。

取組事例

三浦法律事務所

三浦法律事務所でIT 技術活用を主導している中島稔雄弁護士に、コロナ禍への対応や事務所のIT環境などについてお話を伺いました。

編集部 コロナ禍に、事務所としてどのような対応をされましたか。

中島 事務所内でいつ誰が新型コロナウイルスにり患してもおかしくない状況ですから、まずは感染予防として、アクリルボードを用意する、ドアノブや会議室のデスクといった不特定多数が接触する頻度が高い箇所に抗ウイルスコーティングを施して定期的な拭き取りをするなど、可能な限り接触感染するおそれがある状況を作らないようにハードウエア面の配慮から始まりました。

編集部 在宅勤務はされましたか。

中島 最初に緊急事態宣言が出た後、スタッフとアソシエイトは完全に在宅勤務とし、基本的にはパートナーが当番制で出所して最低限しなければいけないことを対応するという時期がありました。
当所では設立当初から事務所にいなくても執務ができる環境を整備していたので、在宅勤務への移行は比較的スムーズだったかもしれません。大手町のほかにも、広島や渋谷などに拠点がある点や、弁護士業務と企業のインハウス業務を兼務する弁護士もいるという点から、一定以上のIT インフラの構築・整備ができていました。
とはいえ、ハンコでの押印が必要な文書や、裁判所関係の書類のデリバリーといったところも含めて、紙への依存をゼロにすることはできません。そこでITを用いて代替できるものから順次IT化を進め、即時のIT化が難しい作業をパートナーで協力して乗り切りました。裁判所がほぼ業務を停止していたために対応できたところもありますが、今思えばこうした課題を洗い出すよい機会だったと思います。

編集部 事務所での作業として、最後まで残ったものは何ですか。

中島 書留郵便、宅配便、バイク便など、ポスト投かんではなく直接受け取る必要があるものの受け取りは残りました。また、請求書など押印の必要がある書類も残りました。電子的な送付での代替をお願いしたところ、多くのクライアントにご協力いただき、押印の必要がある請求書はかなり減りました。けれども、当然ながら、押印した原本が必要な方はいらっしゃいます。

編集部 FAXはどのように対応していますか。

中島 受信したFAX は紙としては出力せずにPDF 形式で一定のメールアドレスに送信するという設定にしました。まず担当のスタッフが内容を確認して振り分け、個人宛のものは個人に転送し、回覧すべきものは「Teams」のFAX回覧チャンネルに転送しています。送信についてはオンラインでFAX の送受信が可能なサービスと併用しています。

編集部 スタッフについても、もともと在宅勤務できる体制があったのですか。

中島 スタッフの在宅勤務を想定してはいませんでしたが、事務所では弁護士・スタッフ問わず携帯できるサイズのノートPCを貸与しており、それを持ち帰るだけでリモートワークができ、スムーズに移行することができました。弁護士・スタッフが利用する所内のコミュニケーションツールやアプリケーションは基本的には全く同じです。貸与されるPCも同じですし、セキュリティーの基準も変わりません。

編集部 PC を移動させること自体のセキュリティーは何か対策をしていましたか。

中島 持ち歩けば一定の確率で紛失する人が現れることは想定しておかなければいけませんので、紛失された後のことを考えてセキュリティー対策をする必要があります。
PCのハードウエアのセキュリティーはよくなってきていますので、あとは事務所内であってもPC を開きっ放しで席を外さない、公共の場で機密性の高い操作をしない、怪しいリンクを開かないといった意識が重要になってきます。使う人の意識や行動という点が一番のぜい弱性になってくると思います。そのあたりを日々啓蒙活動として、事務所内であってもロックせずに離席するような人がいれば、注意喚起の付箋を貼って回るなど、ある程度ユーモアも交えて厳しく指摘していくようにしています。

編集部 事務所内での、IT 関係を整えたり、サポートしたりする体制はどうですか。

中島 弁護士で組成したITのサブコミッティーがあります。また、秘書ではなく、事務所のアドミニストレーション(アドミ)業務全般を担当しているチームがあり、そのチームと共同で対応しています。立ち上げ当初はIT 関係のことを私がほぼ一人でやっていたのですが、ITのサブコミッティーもアドミのチームも人が増えたことで、「ネットがつながりません」や「Word がうまく使えません」といった類の質問や相談は私に余り来なくなりました(笑)。

編集部 弁護士数は50名を超えていますが、スタッフの人数を教えてください。

中島 今(2021年5月時点)は21名です。秘書が15名、アドミは6名です。

編集部 先進的な体制があったとはいえ、全員が一度にリモートワークになるのは初めてだったと思いますが、苦労したことなどはありましたか。

中島 前述のとおり、サブコミッティーも人数が増えていたので、体制をどうするかはチームでしっかりと決めることができました。また、アドミのチームに事務的な部分はサポートしてもらうことで大きな問題は生じなかったと思いますが、IT リテラシーの差が人によって違うというところのフォローが一番大変でした。

編集部 ネットがつながらないなど、いろいろ細かいことですか。

中島 そうです。「事務所と同じ環境にしたいけれど、どうしたらよいか」など、実に多種多様な相談や質問がきました。

編集部 それは弁護士もスタッフも皆さんですか。

中島 そうです。弁護士の方が多かったです (笑)。

編集部 こちらの事務所は全体的に弁護士の年齢層が若いのでIT に詳しい方が多いのかと思っていました。

中島 若いですが、それは実は余り関係ないと思っています。IT 機器に興味関心がある人は何歳だろうと詳しいですし、若くても「PC 音痴だから」と苦手意識を持っている人はいます。当事務所にもそういう人は一定数いますし、恐らくどこにでもいると思います。新しい運用になったとき、苦手な人たちはこちらが思いも寄らないところでつまずくので、そこはフォローしていかなければなりません。
また、マニュアルも、かなり細かく作り、苦手な人でも理解できるようにしています。例えばテキストだけで説明するのではなく、画面のスクリーンショットを撮って「ここをクリックする」といった形で解説したり、込み入った操作については、画面キャプチャーを用いて解説音声付きの動画を作ったりもします。何となく分かるだろうという前提でアナウンスしてしまうと、つまずく人が出てきますので、丁寧に説明することを心がけています。
使用すべきツールがたくさんあるため、苦手な人にとっては、入所当初は何が何やらという状態になります。各自でセットアップしなければいけないことは、詳細なマニュアルを作ることで、「対応することを諦めて放置」という状態にならないように気を付けています。
どこまで丁寧に準備をしても、結局マニュアルを読まない人は読まないので、そこをどうカバーするかですが、最終的には担当秘書にしっかりとフォローしてもらうようにしています。
できない人を置きざりにすることはできないんですよね。特に組織としてセキュリティーを考えたときには、全員で対策作業をしないと意味がありません。
そのため、時間はかかりますが、諦めずに、どこにリスクがあるかを考えながら導入していけば、セキュリティー対策は大変ですが、そこまで恐れる必要はないと思います。

編集部 最後に、事務所として、どのようなツールを使っているか教えてください。

中島 マイクロソフトのOfficeに付帯するツールを中心に使っています。WordやExcelなどは業務上必須なので、そういったOffice ソフトとの連携、相性のよさを重視して選択しました。
メールは業務に当然必要です。メーラーは「Outlook」を使用し、会議室予約等を含めた弁護士の予定管理にも使っています。複数のカレンダーの平行管理やスマホとの連携などを考えると「Google カレンダー」の方が使い勝手がよいのは分かっているのですが、メーラーとしての完成度は「Outlook」が優れていると思いますし、現状はマイクロソフト製品で統一しています。
また「Teams」のチャット機能や、シェア機能、ビデオ通話などを使っています。事務所内のコミュニケーションは「Teams」で行う方向なので、全員に慣れてほしいです。ただ、チャットツールの通知の管理がなかなか難しくて、下手な管理をすると鳴りっ放しで何が何だか分からなくなってしまいます。
私の持論ですが、チャットツールは、通知設定を細かくすることが肝だと思っているので、「『Teams』とうまく付き合う方法」といったマニュアルを作っています。
クラウドストレージとしては「SharePoint」を使っています。

早稲田リーガルコモンズ法律事務所

業務効率化のため、様々な先駆的取り組みをしている早稲田リーガルコモンズ法律事務所でお話を伺いました(松本武之弁護士、福田健治弁護士、水橋孝徳弁護士、竹内彰志弁護士)。

編集部 コロナ禍前から業務の効率化を意識して様々なシステムを導入されていたそうですね。

松本 どこからでも仕事ができるようにというノマドワーカー的な発想が強かったと思います。 例えば、前々からFAXの受信は、複合機から、「Dropbox」に飛ばし、共有して見られるようになってはいましたが、送信は事務所に行かなければできませんでした。
そこで、スマホに「Dropbox」アプリを入れ、送りたいものをカメラで撮影しPDF にし、「faximo」というインターネットFAX のサービスから送れるようにしました。このように、省力化できるものは省力化し、どこでもできる仕事はどこでもできるようにした方がよいのではないかという発想で動いてはいました。そういう積み重ねが、コロナ禍で意外と役に立ってスムーズに対応できた部分はあります。

福田 私はコロナ禍前から、できるだけ週1日は自宅で起案するようにしていて、事務所内の連絡は全部「Chatwork」を使っていました。
ファイルも、私自身が担当している事件の主張書面と書証は、全部「Dropbox」に「ScanSnap」を使ってPDFでアップロードしています。

水橋 事務所のIT の設備として「Dropbox」を標準で使うようになったのは、どこにいても仕事ができるシステムを作る大前提だったと思います。「Dropbox」を使って弁護士と事務局が事件単位でファイルを共有し、アクセスできる体制は、以前から整っていました。「Zoom」もコロナ禍前から事務所でアカウントを契約していて、会議がどこにいてもできるようになっていました。
更に、最初の緊急事態宣言の直前に、「GSuite(現Google Workspace)」が弁護士、事務局含めて標準装備され、「Hangouts Meet(現Google Meet)」で所内ミーティングなどができるようになりました。

松本 「Google Workspace」をハブにして、「Google」のアカウントがあることによって、いろいろなサービスが使えるようになっています。
メールや様々な付随機能もそれなりに充実しているので、普通のメールシステムから一斉に切り替えることになり、2019年の年末ぐらいから準備を進め、2020年の3月に実装という予定で、コロナ禍とは関係なく計画していました。

編集部 事務局もどこでもできるという想定だったのですか。

松本 そこまでは想定してはいませんでした。

竹内 弁護士も事務局も両方同じシステムなので仕様上はできるのですが、あくまでも弁護士、司法書士、弁理士という専門職の働き方の自由度を増すというところで導入したものでした。ただ、インフラとしては同じシステムなので、コロナ禍の対応策として導入できました。

水橋 そのほかには、「firmee」というクラウド型事件管理システムを2019年の秋に導入し、オンラインで一元管理することで、経費や預り金等のお金の業務とコンフリクト等の案件管理・事件管理がどこにいてもできるようになっていました。

福田 また、「Chatwork」と「Dropbox」の正式導入は2016年9月です。事件ごとに事務局と弁護士が入るチャットを事件の数だけ作る、あるいはタスク機能を使って弁護士から事務局への事務依頼を管理する、そういうシステムを作りました。

編集部 事務所でシステムを統一する過程で、問題はなかったですか。

水橋 私たちの事務所は弁護士の数に比べて事務局の数が少なく、弁護士が約40人いるのに対して、正社員事務局の数が13、14人です。もともとはルールを精緻化することによって労務負担を軽くしようという発想で、そこにIT が加わることで効率化もできればいいねという志向で、現場の事務管理をしている事務所です。もちろんIT に強い人、弱い人がいるため、新しいことを導入する際にはいろいろな意見がありますが、業務の効率化に関して前向きに走れる体制になっています。
また、IT の強い事務局がフォローアップして導入について手伝ったり、個別の場面でITサポートを外部委託で頼んだりしています。

編集部 コロナ禍で増えたツールはありますか。

松本 電話です。クラウドPBX のシステムを導入して、スマホにアプリを入れてスマホで事務所へかかってきた電話が受けられるようになりました。
今までと同じ03番号で、スマホでもアプリを入れれば受けられるし、PC にアプリを入れれば受けられるし、今までどおりの固定電話でも受けられるという形です。こちらからかけるときもスマホなどにアプリを入れていれば事務所の03番号で発信することができます。

水橋 これがあると、事務局が自宅で電話を受けることもできます。

松本 事務局が自宅のソフトフォンで受け、「水橋さんいますか」と言われたら、水橋先生に回すというのができます。

水橋 現在、事務所には固定電話の線はなくなりました。

竹内 その結果、最近Wi-Fiを増強しました。所内では多数の無線LANと、有線LANを併用しているという形です。

松本 ビデオ会議が増えて、かつ、事務所内で使用するので、Wi-Fiだけでも多数回線を引いています。

編集部 セキュリティーについてはどうですか。

竹内 基本的には多要素認証の設定はもちろん、一般的な電子媒体のセキュリティーも厳格にしています。外部での作業時には、保秘を徹底するよう、定期的に注意喚起もしています。

松本 事務局にもセキュリティーソフトは提供していますし、「Dropbox」もPC を紛失したときは遠隔で消去できるような仕組みがあります。

竹内 また、法人としてまとめて契約していることが管理面からは保険になっています。

編集部 コロナ禍での事務局はどのような体制ですか。

水橋 2020年の4月、5月がフルリモートワークで、その後は週1での出勤の時期を経て、半分リモートワークとなり、現在(2021年3月)は完全出勤です。少しずつグラデーションを付けるように、人が事務所に戻ってきたというイメージです。

松本 事務局には、リモートワーク手当かWi-Fiのルーターの支給かどちらかを選んでもらいました。

編集部 1年たってみて、事務局はフルで出勤してもらう形がよいという帰結なのでしょうか。

水橋 事務局の声を聞いていると、人によってずいぶん考え方が違います。裁判所業務中心の弁護士と多く仕事をする事務局は、事務所にいた方がよいと言います。裁判所関連は、どうしてもリモートでは難しい業務もあります。印鑑が押せる、ファイルがあるというのは、やはり作業効率が違うようです。
これに対して、例えば企業法務系中心の弁護士と多く仕事をする事務局は、自宅でも割と仕事ができてしまうので、あまり事務所に来る必要性を感じないという方もいます。もっとも、事務局の中で、リモートワークにするのか、事務所に来るのか、自由に選べますよというところまでは成熟していないので、今はいったん皆来てもらっているというのが実際です。ただ、格別な必要がある事務局については、リモートワークを認めていて、典型的には育児期間中の時短です。従来の制度では6時間しか働けなかったわけですが、リモートワークを認めることで自宅でもいろいろな作業ができる前提が整いました。今までは、16時に退所して終わりだったのが、例えば出勤前に1時間リモートで作業してから出勤するとか、あるいは自宅に帰って夜にリモートで作業する等、本人の希望に沿う形での働き方が多様化したことを感じます。

編集部 勤怠管理は変わりましたか。

水橋 リモートワークには、就業規則の変更が必要だったので、その対応はしました。また、事務局のニーズを聞いて、いつどういうふうに働きたいのか希望を聴取し、リモートワークにするかは個別に対応するという体制を取りました。
日報はコロナ禍になってきちんと付けてもらうようになりました。
また、「rakumo」という勤怠管理システムを導入しています。

竹内 弁護士は、所在の管理や電話を取り次ぐときのために、「ZAiSEKI」というシステムを導入しています。

水橋 事務局は「iruca」というシステムを使っていて、事務局が今どこにいて何をしているのかということも、所内で、誰でも見られるようにしています。

編集部 スケジュール管理についてはどうですか。

竹内 各弁護士の事務所アカウントで弁護士ごとに「Google カレンダー」に予定を入れています。事務所のアカウントにひも付いているユーザーを検索すれば、ほかの弁護士の業務スケジュールを見られます。

松本 会議室予約も「Google カレンダー」で行っています。来客受付には「ACALL」という仕組みも導入して、iPad で受付をすると、迎えに行く事務局にも通知が行くし、来客があった弁護士にも直接通知が行く仕組みになっています。

竹内 「Google カレンダー」へ予定を入れたときに画面の「会議室」を押すと、空いている会議室が表示されるので、そこで予約が取れます。
更に、会議体に応じたオンライン会議の「Google Meet」もすぐに設定できます。

松本 大きな会議室がいるのか、小さな会議室が多い方がよいのかという需要がまだ読めないところがあるので、「Google カレンダー」の会議室予約を活用することで利用率のデータを取り始めています。

竹内 来客目的で使っているのか、所内会議で使っているのか、あるいはWeb 会議用に使っているのか分析できるようになっています。このデータは今後の会議室の使い方の検討資料になっていくと思います。

編集部 自宅で起案するときに、書籍はどうされていますか。

福田 書籍は、「LEGAL LIBRARY」というサービスを個人で契約していますが、かなり充実しています。『注釈民法』や、『要件事実マニュアル』も読むことができます。ただ、全ての書籍はカバーできないので、基本的な文献だけは事務所と自宅両方に置いています。

編集部 証拠が膨大なときに、紙で見た方が見やすいということはありませんか。

福田 それは逆で、むしろ検索できる分、オンラインの方が作業しやすいです。「弁護革命」というサービスがあり、証拠、主張書面も含めてPDF を入れると、キーワードが含まれる書証を抜き出してくれます。最近は、分厚い記録の起案はほとんど画面上でしています。

編集部 弁護士のフリーアドレスについてはどうお考えですか。


左から水橋弁護士、福田弁護士(画面)、松本弁護士、竹内弁護士

水橋 コロナ禍で、弁護士の机の稼働率が非常に下がっています。事務所内では固定席に加えフリースペースを用意しています。今後よりフリーアドレス化が実現すれば、今までと同じスペースで弁護士を増やすことができるので、事務所としての力が付いていきます。
クライアントとの会議のために会議室を使うことも減っています。顔を合わせて話をしたいという人を拒絶する趣旨ではもちろんないですが、日常的な会議は現在ほとんどWeb会議です。
いずれ、会議室もほぼいらなくなり、Web 会議用の個別ブースの価値が高くなるのではないかと思います。

編集部 どこでも仕事ができてしまうことによって、いつも何かに追われているような感覚はないですか。

福田 隙間がなくなる感じはあります。
お互いのスケジュールを「Googleカレンダー」で見られるようになって、「ここ1時間空いているから会議入れておくね」といったことになりがちです。それは効率的ではありますが、例えば会議の内容をまとめたり、約束した資料を送ったりということを打合せ後にする時間もなく、ずっと会議が続いてしまう傾向があるかもしれません。

編集部 IT に疎いけれども、この時勢だからやむなく効率化せざるを得ないという弁護士がまずできることは何でしょうか。

松本 「Google Workspace」をまずパッケージで導入していろいろ使ってみるのがよいと思います。使ってみて、業務改善をしていくというのがよいと思います。