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裁判員裁判レポート 「控訴審において責任無能力により一部無罪となった事例」

二弁フロンティア「 裁判員裁判レポート」
当会会員 末次 茂雄 Shigeo Suetsugu(61期)

1.事案の概要

被告人が、酔余の上、駐車場内の自動車を損壊し、器物損壊罪で逮捕勾留、起訴され、起訴後勾留中に警察署内の留置施設の同室であった被害者に対し、暴行し、その結果、死なせてしまった傷害致死事件です。器物損壊罪の行為時においてはアルコールを摂取していたこと、傷害の行為時においては、統合失調症であったことが疑われたため、責任能力の有無が問題となった事案でした。

2.第1審の概要

第1審においては、平成29年8月30日器物損壊罪で起訴され、平成30年2月22日傷害致死罪で追起訴され、同月26日に弁論併合決定がなされました。

本件は起訴前鑑定がなされており、鑑定主文は、「1. 被疑者は、本件犯行当時、間欠性爆発性障害、軽度アルコール使用障害、境界知能という精神障害を有していた。2. 本件犯行においては、その唐突かつ徹底した暴力であるという面においては、被疑者の間欠性爆発性障害が大きく影響を及ぼしており、境界知能も副次的に若干の影響を及ぼした。3. 司法精神医学の文脈では、前記障害は責任能力の問題とならないのが通例である。4. 現段階では統合失調症の可能性は否定的であるが、今後発症する可能性は否定し得ず、いずれかの段階で本件犯行における精神状態の再検討を行う必要が生じる可能性がある」というものでした。この鑑定書に疑念を持った第1審弁護人は、平成30年5月11日付鑑定請求書を提出しておりました。なお、この鑑定請求書の内容は、非常に素晴らしく、起訴前鑑定の問題点を適切に指摘し、鑑定の必要性を説得的に論じられているものでした。

その後、紆余曲折を経て、裁判員の参加する刑事裁判に関する法律50条による鑑定の手続(鑑定の経過及び結果の報告を除く)を行う旨の決定がなされました。第1審においては鑑定人(起訴前鑑定と同じ鑑定人)の証人尋問が行われ、鑑定課題「1. 本件犯行(器物損壊事件及び傷害致死事件。以下同様。)当時、被告人に精神障害があった否か、2. 本件犯行当時の被告人の精神障害の内容、3. 被告人の精神障害が本件犯行に影響を与えたか否か、与えた場合には、いかなる影響を与えたのか(影響の仕方、機序)」に対し、鑑定主文は「1、2. 被告人は、本件犯行当時、間欠性爆発性障害、軽度アルコール使用障害、境界知能という精神障害を有していた。3. 本件犯行においては、その唐突かつ徹底した暴力であるという面においては、被告人の間欠性爆発性障害が大きく影響を及ぼしており、境界知能も副次的に若干の影響を及ぼした。また本件器物損壊については、飲酒酩酊による脱抑制も若干の影響を及ぼした」とされました。

第1審の判決は、被告人の完全責任能力を認め、被告人を懲役6年6月(検察官の求刑は懲役8年)としました。

3.控訴審における弁護活動

(1)控訴趣意書の提出

当職は、平成31年3月11日、控訴審の国選弁護人に選任されました(控訴趣意書差出最終日平成31年4月18日)。まず、第1審の弁護人に連絡を取り、記録を送付してもらい、検討しました。

第1審弁護人から受領した記録の中に、控訴審においても継続して国選弁護人に選任することを求める上申書が編綴されていました。

その上申書は、原判決や鑑定の問題点を的確に指摘しているものであり、第1審弁護人の熱意を感じさせる内容でした。当然、控訴趣意書作成においても、参考にさせていただきました。

記録を一読した後、被告人に接見し、被告人の友人と面会をし、状況を確認しました。接見においては、被告人は周囲の声や音に悩まされ、拘置所内で暴れて保護房に入れられたと話をしていたの、本件は統合失調症を疑うべき事案であることを確認しました。そこで、東京拘置所に対し弁護士会照会を行いました。照会内容は、「①被告人を診察した日時、病名、病状、②被告人に対する治療内容、③投薬した日付、投薬日ごとの薬の種類、分量、④被告人を懲罰房もしくは保護房に収監したか否か、⑤前記④の回答が肯定される場合、その回数、期間、原因」というものでした。

第1審判決や第1審の記録を踏まえ、控訴趣意書を作成しました。控訴趣意書の項目としては、「第1. 控訴理由の概要、第2. 本件犯行の概要、第3. 心神耗弱の主張について、第4. 被告人の本件犯行当時までの幻聴及び意識状態等、第5. 被告人の精神疾患について(起訴前鑑定の内容について)、第6. 原判決の誤りについて、第7. 本鑑定の必要性、第8. 量刑不当、第9. 結語」を挙げました。控訴審において証拠採用されない可能性もあるため、控訴趣意書においては、裁判官の目に触れるよう、起訴前鑑定の鑑定書、被告人の複数の員面調書、検面調書、友人の陳述書等複数の疎明資料を添付しました。控訴趣意書の作成においては、既に提出されていた第1審弁護人の鑑定請求書を踏まえ、留置所内で傷害行為を行った被告人の員面調書、検面調書の供述内容の変遷を時系列に沿って確認し、また、留置係の供述調書によって犯行当時の状況を分かりやすく説明することに留意しました。被告人の犯行直後の供述調書は、自分が被害者に対して暴行した理由や、どのようにして暴行したのかも分からず、警察官に制止され、自分の手や体に血がついている様子を見て、初めて自分が暴行したことを知ったというものでした。ところが、犯行から5カ月経過した検面調書においては、犯行前から被害者に対し不快感を持っていた、よくは覚えていないと前置きしつつも、犯行の具体的な内容についても記載されていました。こういった被告人の供述内容の不合理な変遷については、第1審の裁判員には知らされていなかったと思います。

なお、控訴趣意書を提出するにあたり、控訴趣意書提出期限延長申請書と国選弁護人の複数選任に関する申入書を提出しましたが、控訴趣意書提出期限は1カ月延長が認められ、複数選任の申入れは却下されました。

(2)鑑定の採用

控訴審第1回期日においては、控訴趣意書を提出し、弁号証として、控訴趣意書に添付しました疎明資料に加え、弁護士会照会の回答書の取調べ請求をしました。第1回期日においては、起訴前鑑定の鑑定書、弁護士会照会に対する東京拘置所の回答書が採用されましたが、残りの証拠は全て却下され、被告人質問も却下されました。

半分諦めかけていたところ、裁判長から、鑑定を採用する旨の発言があり、希望の光が差し込みました。

後日、裁判所から、控訴審における鑑定人尋問を行う旨の連絡がありました。控訴審の鑑定人は裁判所に一任すると連絡しておりましたが、前述しました平成30年5月11日付鑑定請求書の候補者であった医師が鑑定人に命じられました。

控訴審における鑑定は、令和元年9月27日から令和2年2月2日まで129日間にわたり行われ、令和2年2月2日精神鑑定書が作成されました。控訴審の精神鑑定書は129頁にもわたる力作であり、主文は、以下のとおりでした。

本件犯行器物損壊について

1-1. 犯行時の被告人の診断名は次のとおり
・統合失調症
・アルコール酩酊
・アルコール使用障害
・境界知能の疑い

1-2. 前記診断名のうち、アルコール酩酊は比較的軽度であり、脱抑制を招来した。それ以外については、本件犯行に有意な影響を及ぼす強度には達していなかった。

2. アルコール酩酊による脱抑制が本件犯行に影響した。

3. 犯行は「酒に酔って暴れた」という日常用語で描写できる範囲内の行為である。

本件犯行傷害致死について

1-1. 犯行時の被告人の診断名は次のとおり
・統合失調症
・アルコール使用障害
・境界知能の疑い

1-2. 統合失調症の症状は非常に重度で、自我障害を基礎とする症状が急性に顕現していた。それ以外については、本件犯行に有意な影響を及ぼす強度には達していなかった。

2. 本件犯行への統合失調症の影響は著しく大きく、被告人はその影響に圧倒され、本来の意思を発動することは不可能な状態であった。

3. 被告人に対しては医療観察法による処遇が適切である。

(3)鑑定人の証人尋問

控訴審の鑑定書を受領後、鑑定書について事実取調べ請求をし、さらに、控訴審の鑑定人と第1審の鑑定人について証人尋問の申請をしました。

尋問においては、鑑定人の経歴や判断の資料等鑑定に関する基礎的な尋問をするとともに、第1審の鑑定と控訴審の鑑定の結果が異なった理由について尋問しました。第1審の鑑定人に対する尋問においても、主に自らの鑑定結果と控訴審の鑑定結果との違いが生じた理由について、尋問をしました。

第1審の鑑定人は、起訴前鑑定において、第4項にて、「現段階では統合失調症の可能性は否定的であるが、今後発症する可能性は否定し得ず、いずれかの段階で本件犯行における精神状態の再検討を行う必要が生じる可能性がある」と指摘しておりましたが、控訴審における尋問では、控訴審において採用された鑑定書が正しいと証言しました。この証言により、本件は、傷害致死罪については、無罪になる可能性が高いと感じました。

(4)弁論

証人尋問後、控訴審における尋問調書を謄写し、弁論要旨を提出することとなりました。弁論要旨は、最高裁平成20年4月25日判決を指摘しつつ、控訴審の鑑定書、鑑定人の尋問結果をまとめる形で作成しました。控訴趣意書においては、心神耗弱の主張でしたが、控訴審の鑑定結果を踏まえ、弁論要旨においては傷害致死については無罪の主張をしました。

4.判決の内容

控訴審の判決は、次のとおりでした。
「原判決を破棄する。被告人を罰金30万円に処する。原審における未決勾留日数のうち、その1日を金5000円に換算してその罰金額に満つるまでの分を、その刑に算入する。本件公訴事実のうち傷害致死の点については、被告人は無罪」

5.判決後の対応

無罪判決がなされ、被告人に対する勾留はその効力が失われます。そこで、被告人は精神保健及び精神障害者福祉に関する法律に基づき措置入院しました。

判決確定後は、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律に基づき検察官が申立てを行います。

6.感想

本件は、第1審が裁判員裁判であり、控訴審において逆転無罪がなされたケースです。当職は、第1審の裁判員裁判の弁護人に選任されておらず、事後的に記録を拝見したのみですが、若干手続として疑問を感じました。

すなわち、責任能力の有無の判断は、高度に専門的ですが、裁判員は、責任能力に関し、専門的な知見を有しているわけではなく、その判断能力については疑問が残ります。

また、裁判員裁判においては、50条鑑定という制度がありますが、分かりやすさを重視するため、本来の鑑定が正しく機能しているか心配な面もあります。

とはいえ、本件は第1審弁護人の熱意があり、それにより、控訴審の裁判官が改めて鑑定を採用したこと、そして、控訴審の鑑定人が慎重かつ丁寧に鑑定をしたことにより、無罪判決を獲得できたのだと感じております。