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花水木

青木 星 Subaru Aoki(69期)

おごってもらったお肉ある日、事務所にて、いつものように事務員さんが郵便物を整理していたところ、突然の悲鳴が上がりました。なんと、私宛に刃物と怪文書が届いたのです。不気味にもA4用紙1枚に私の名前のみが大きく印刷されており、これを真っ二つにするようにカッターの刃が貼り付けられていました。当然、事務所内は騒然となりました。
この日の私は業務どころではなく、対応に迫られました。信頼できる諸先生に相談し、最低限の関係者に報告した上、同期に愚痴をこぼしました(信頼できる諸先生の約半数が「昔の女じゃねーのか」というご意見をくれたためです)。
弁護士になる前から、弁護士は人の恨みを買う仕事だろうから、身の危険の一つや二つは経験するのだろうとボンヤリながらに覚悟はしていました。しかし、実際に凶器を受け取ったという弁護士はほとんどいないのではないでしょうか。さてさて、現に凶器を受け取ってしまった私の最初の感情は、「こんな古典的な脅迫が本当にあるんだ!」という驚きでした。そして、事務所に迷惑をかけてはまずいという気持ちでした。差出人が不明なので具体的な危害が思い浮かばず、恐怖はありませんでした。
カッターの刃を送るということは、きっと何か要求があるのでしょう。しかし、紙には私の名前しか印刷されておらず、誰に何を要求されているのか分かりません。差出人が分かれば対処もできますが、分からないというのは疑心暗鬼の種にもなり、厄介でした。当時、激烈な交渉を繰り広げていた案件がいくつかあり、差出人について心当たりはありました。しかし、確証はなく、もしほかの誰かだったら...という不安が徐々に大きくなったのでした。
私は差出人が事件の相手方であればそれは別に構わないと思っていました。事件処理上の障害ではありますが、脅迫に屈するわけにはいかないと思いましたし、ある意味こちらの攻撃が効いている証拠です。むしろ、私にとって気がかりだったのは、差出人が不満をためた依頼者や個人的な知り合いの可能性もゼロではないということでした。もしかしたらいつの間にか誰かを傷つけているのかもしれないし、そうではないと言い切れないことで、段々と不安が募ってきました。
まあ、いくら考えても結論は出ないので、念のため弁護士会に一報を入れて、すぐに警察に被害届を出すことにしました。大事なのは実害を出さないための防御です。
とはいえ、過去に犯罪被害者法律援助制度を利用した経験から、事件が具体化するまで警察も捜査を開始できないことは分かっていました。そこで構成要件の特定が重要と考え、この日の業務がストップしたことを理由に威力業務妨害罪が成立すると主張することにしました。
警察署の受付で「私は弁護士であり被害者です」と申し上げ、奥の部屋に通されました。担当刑事は難しそうな顔をしながらも理解を示してくれて、捜査が開始されました。私も犯人を特定できるとは思っていませんでしたが、気持ちの切替えのためにも後は警察に任せました。
警察署から事務所に戻ると私以上に心配した兄弁がおいしい焼肉をおごってくれて、嫌な緊張感を解消してくれました。本当に感謝しています。
しばらくして懸念だった案件は全て無事に和解が成立し(かなり慎重にはなりました)、結局それ以降は何もありませんでした。捜査の結果も犯人の特定には至らず、真相は闇の中です。
これは、私が弁護士になって数年が経ち、だいぶ仕事に慣れてきた頃のお話です。気の緩みや傲慢さが出ていた時期だったのだと思います。時々、この一件を思い出して は身が引き締まります。自分の仕事に自信を持てるよう、今日もまた頑張りたいと思います。