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インハウスレポート

インハウスローヤー(組織内弁護士)とは、企業に役員や従業員として所属する企業内弁護士、及び、省庁や自治体に職員(主に任期付き職員)として勤務する弁護士の総称です。
本企画は、当会所属のインハウスローヤーに経験談を紹介していただく連載企画です。

キャリア・ダイバーシティを楽しんで

神奈川県弁護士会会員 元当会会員
川口 言子 Akiko Kawaguchi ―51期

はじめに

私は、1999年、弁護士登録と同時に三菱商事という総合商社に入社、2007年に外資ファンドに転職し、2011年に三菱商事に再入社しました。その経緯を日本弁護士連合会が発行している『自由と正義』に書いたのが2012年初頭。当時、総合商社での法務について、「...完成度の高い大きな会社組織内で業務を遂行すること、扱う業務が多様で国際性に富むことに特徴があると思います。私自身、約10年の間に、社内の様々な専門部局と協働しながら、国内外のIT、金融、アパレル、食品、生活財、鉄鋼製品、石油・ガス・鉱山資源開発などの秘密保持契約、売買・業務委託契約、投融資契約、株主間契約などの契約締結交渉、クレーム対応、訴訟等に関与してきました。」と書きました。
ここではその後、2013年にロンドンに駐在、三菱商事の欧州・アフリカ・中東(EMEA)の法務コンプライアンス責任者となってからを振り返りたいと思います。


当時住んでいた家のバックヤード。様々な鳥のほか、リスやキツネもやってきました

ロンドンでの経験

カルチャーが違えば、あるべき「法務コンプライアンス」も違う。これがロンドンでの最大の学びです。ジェンダー問題一つとっても、国ごとにその歴史・文化に基づく独自のジェンダー観があり、女性の移動・職業・服装などに特別の制約を課す国もありますが、それを日本の尺度で頭から否定することはできません。他方、欧州、なかでも英国では王室・政府機関・民間企業でトップに立つ女性は既に多かったですが、更にそれを加速すべく、2017年からは一定規模の組織にはジェンダーによる報酬ギャップの開示も義務付けられました(詳しくはこちら)。ギャップが大きくても罰則はありませんが、取引先選定基準の一つとしてダイバーシティを重視する企業も珍しくないので、低報酬の役職に女性が多く、高報酬の役職 に男性が多い企業・弁護士事務所は、コンプライアンスを超えて、ビジネス機会を失うことにもなり得ます。
法令「遵守」の考え方も違い、例えば英国では、新しい法令ができると、これを実務上不合理と思う企業が主管官庁に掛け合い、法令を修正あるいは遵守期限を延ばしてもらうことも珍しくありませんでした。最近の言葉で言うアジャイル(agile)で、国はまずは法令を投げ込むけれど、民間側からの声を受け、よりよいものにすることが前提となっています。法令ですらそのようなので、社内ルールも同様。職場で「おかしい」と声が上がれば、それが社内ルールの趣旨に合致しているか、取り上げるべきポイントがあるかを考え、修正しながら社内に浸透させていきます。
「違い」を前提として、「このとき」「ここで」の正解を模索するのがEMEA地域の法務コンプライアンス。「みな同じ」ことが前提で、そこから外れるものを「お上が」「例外」的に受け入れる日本との違いに目を開かせられました。


出張の合間に立ち寄ったギリシャ・パルテノン神殿近辺

電力、天然ガス、産業インフラビジネス法務

2017年に帰国後は、電力、天然ガス、産業インフラビジネスの法務コンプライアンスを担当するチームのリーダーに。歴史的にはプレイヤーの限られた重厚長大産業ですが、近年の再生エネルギーやバーチャルパワープラント、蓄電池技術、水素燃料といったキーワードに代表されるように、産業構造やプレイヤーの顔ぶれの変化が激しいセクターでもあります。天然ガス以外は、新たに担当した分野ですが、変化の時代には、全く異なるセクターでの経験、例えばベンチャービジネスやB to Cビジネスにまつわる法務業務を知っていることが強みになり、多分野・多地域での経験が生きたと感じます。

法務部のマネジメントとして

2019年からは部長代行として部の運営にも関与しました。国内外150名超の法務部員の人員配置、キャリアパス、KPIを考え、IT・コンサルタント等の弁護士事務所以外の法務関連サービスプロバイダーの台頭を間近に見、1000社を超える連結会社を抱える会社全体のリーガルリスクマッピングやナレッジマネジメントに悩み、また、国内外の弁護士事務所とのネットワーク構築・維持に腐心しました。そうした経験を経て、「法務市場」自体への理解や問題意識も持つようになりました。そして、今年3月からは千代田化工建設という上場エンジニアリング会社に出向、法務にとどまらな い業務を担当しています。

社外活動

今までは「自分のキャリア形成」中心に駆け抜けてきましたが、弁護士になって20年を経て、先輩方の恩に報い、後進のために少しでも貢献できたらと、約1800名の現役・元インハウスローヤーの会員を抱える日本組織内弁護士協会(JILA)や弁護士会の活動にも参加するようになりました。
2020年のコロナ禍で世の中は大きく変わり、罹患者・死亡者が増え続けているのは悲しいことです。しかし、あえて明るい変化を探すと、リモートワーク・ITツールが発展・浸透し、それに伴い今まで以上に社外活動が容易になったことがあります。私自身、JILAを通じて、他社のインハウスローヤーの方々と交流し、ペーパーレスを訴える規制改革推進会議に陪席し、これからの法務部の在り方を考えるリーガルオペレーションズ・テクノロジーズ研究会を立ち上げ、久しぶりに二弁の皆様との交流会に参加してこの記事を書く機会を頂戴しました。また、バーチャル訪問を通じて他企業法務部の方々と意見交換し、Corporate Legal Operations Consortium(CLOC)の創立者の方とTV会議をし、例年であればラスベガスで開催されるため参加が容易でないCLOCの年次総会にオンラインで参加しました。これらは「オフィスから移動して社外活動をし、またオフィスの執務に戻る」世界観では到底できなかった活動です。


マルタへの家族旅行

おわりに

れい明期のインハウスローヤーの世界に飛び込み、留学を通じ米国の痺れる法化社会を垣間見て、自分の専門性に悩み、転職したキャリア前半戦。ロンドン駐在を経て、日本とも米国とも違う様々な価値観の中に身を置いた中盤戦。キャリアの後半戦の始まりでは、新たなセクターの法務を任され、法務部運営にも参画し、出向し、社外活動も再開しました。「1粒で2度おいしい」アーモンドグリコではないですが、カバー地域とセグメントの広さから、「1社で何社も転職したくらい」バラエティに富む経験ができる。それが総合商社法務部の特色だと思います。