出版物・パンフレット等

裁判IT化の現在地

日下部 真治(47期) ●Shinji Kusakabe
当会会員
【略歴】
1995年 弁護士登録(アンダーソン・毛利・友常法律事務所)
2010年 最高裁判所司法研修所民事弁護教官
2017年 当会副会長
2017年 内閣官房 裁判手続等のIT化検討会 委員
2018年 (公社)商事法務研究会 民事裁判手続等IT 化研究会 委員
2018年 司法試験及び司法試験予備試験考査委員(民事訴訟法担当)
2019年 日弁連 民事裁判手続に関する委員会 委員長
2020年 法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会 委員
【著書】
判例法理から読み解く 企業間取引訴訟(第一法規、共著)
民事尋問技術 第4版(ぎょうせい、共著)
国際商事仲裁の法と実務(丸善雄松堂、共著) 等

1 はじめに

2017年から民事裁判手続のIT化に深く関わってきたため、このテーマに関する執筆をよく求められます。最新の情報を正確に伝えることが求められがちですが、ともすると、IT化の問題に関わっている人には役立つけれども、そうでない人には今一つピンと来ない論考になりがちです。より広い読者層が手軽に役立つ情報を得られるような執筆をしてみたいと思うようになっていました。
そうしていたところ、二弁の広報室から、NIBEN Frontierへの寄稿のご依頼をいただきました。ご同輩である二弁の会員諸氏が読者ということであれば、少し肩の力を抜いて、柔らかめの情報提供も許されるのではないか。そんな言い訳で、今回は、ざっくりと、しかし率直に、思うところをお伝えすることにしました。趣旨はこのとおりですので、細部の粗はご容赦いただき、流し読みしていただければと思います。

2 なぜIT 化の動きになったのか

そもそもなぜ裁判手続IT 化の動きになったのかについて説明します。実際のところ、IT化のための規定は民訴法にとうの昔に導入されています。2004年11月に成立した民訴法等の改正法により、132条の10が新設され、オンラインでの申立てが可能となっています。え、そうなの?そんな規定あったっけ?と思われる方も少なからずいらっしゃると思います。それもそのはずでして、この規定は、細目の定めを最高裁規則に委任しているところ、その最高裁規則が(支払督促関係を除いて)存在していないのです。つまり、その限りにおいて、死文となっています。
なぜそのようなことになったのでしょうか。その理由は一言では言えませんが、外国の動向に触発された立法であったものの、国内の需要が高まっていなかったというのが一つの見方かと思います。
裁判文書の電子提出は、1990年代後半には米国で始まり、2000年にはシンガポールでも全面導入され、我が国でも2000年代初頭には検討課題として認識されるようになったと思います。国民一般から裁判文書の電子提出を求める強い声があったというわけではありませんが、いずれそうなるであろうという見立てで、法律上、それを可能とする枠組みは用意しておこうという発想だったのではないかと思います。
そうして2004年11月に民訴法に132条の10を新設する改正法が成立したわけですが、それを見込んで、同年7月から、札幌地裁にて、オンラインでの文書提出が試行されました。もちろん法改正前の話ですので、具体的にオンライン提出が可能な文書は、法律が提出の方式を定めていないもの、有り体に言えば、期日請書などの、さして重要ではない僅かな種類の文書だけでした。しかしやるからには、文書の作成者の同一性は確実に確保できなければだめだということで、そうした文書には電子署名を付すことが必要とされました。
ただ、当時も今と同様に、文書に電子署名を付すためには、ICカードリーダライタを用意するなど、面倒が伴うのですね。予想できることでもあったように思いますが、札幌地裁での試行は鳴かず飛ばずで、2009年3月に試行が終わるまでの5年弱の間、利用件数は合計で2、3件だったようです。
こうした経緯で、我が国には早過ぎたと思われたのか、その後は裁判IT化の動きはパタッと止まりました。その間に、多くの外国では裁判手続のIT化が進行し、我が国のIT化が相対的に遅れるようになったわけです。例えば、2011年5月にはお隣韓国において、IT化された訴訟手続の利用が民事事件で開始されています(なんと10年以上前です。)。これに刺激を受けて、日弁連では、同年同月に採択した「民事司法改革と司法基盤整備の推進に関する決議」や、翌2012年2月に公表した「民事司法改革グランドデザイン」において、民事裁判手続のIT化を訴え、その後も、司法シンポジウムなどで継続的にIT化を求めてきましたが、成果は得られませんでした。政治家も行政府も裁判所も、三権そろって特段の動きを見せなかったと思います。
かくして2004年11月の改正法成立から10年以上の停滞となりましたが、変化は経済政策としての内閣の掛け声で生じました。世界銀行は毎年"Doing Business"というタイトルで各国の事業環境のランキングを発表しているのですが、日本の成績は全く振るわず、その2016年版では、日本は多くの評価項目でOECD加盟国35か国中20番台でした。一応世界有数の経済大国のはずなのですが、お粗末と言わざるを得ません。そこで内閣は、各評価項目を分析し、低評価の原因の改善を図ることとしました。そうした低評価項目に「契約執行」があります。これは裁判所の手続を意味しているのですが、その細目でとりわけ低評価であったのは、「事件管理」と「裁判の自動化」でした。
そこで内閣は、2017年6月に閣議決定した「未来投資戦略2017」において、「裁判に係る手続等のIT化を推進する方策」を検討することとし、内閣官房に有識者からなる「裁判手続等のIT化検討会」を設置しました。この検討会は、我が国の裁判IT化の基本的方向性を検討し、翌2018年3月に「取りまとめ」を公表しました。そして、同年6月に内閣が閣議決定した「未来投資戦略2018」において、その「取りまとめ」が示した基本的方向性が政策方針となったのです。
その後、裁判IT 化の具体的な検討は法務省の所管とされ、これに最高裁と日弁連を加えた法曹三者が、法制面のみならず運用面の問題を含めて、総合的な検討を進めるようになりました。
このとおり、大まかに言えば、裁判IT化は、内閣の経済政策の一環として、急に動き出したものです。こうした経緯をお聞きになった弁護士さんの中には、よりによって内閣主導で、しかも経済政策として始まったなど、全くけしからん、出発点から間違っていると思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、経緯はどうあれ、裁判IT 化の具体的な検討は日弁連を含む法曹三者が進めるようになった以上、民事裁判手続をよりよいものにすべく力を尽くすことが、日弁連、弁護士会及び弁護士の使命なのだろうと思います。

3 結局どうなるのか

次に取り上げるのは、裁判IT化により、結局どうなるのかです。まだ検討過程ですので、結局どうなると保証できるわけではもちろんありません。ただ、多くの読者の最大のご関心はここにあると思いますので、この辺りはほぼ確かだろうと思われる範囲で、将来予測をしてみます。
裁判IT化は非常に多面的ですが、その内容は、「e提出」(主張書面や書証の写しの提出を含め、裁判関係文書をオンラインによりやり取りする)、「e事件管理」(訴訟記録や事件情報を電子的に管理し、訴訟当事者や代理人等がオンラインで随時確認できるようにする)及び「e法廷」(現実に裁判所に出頭せずに、ウェブ会議システム等を用いて期日等にリモート参加する)に3分類して説明されることが一般的です。これを踏まえて、地裁における第1審の訴訟手続の流れに沿って、将来の姿を予測してみます。
まず、訴え提起の段階においては、インターネットでアクセス可能な裁判所の事件管理システムに利用登録した者は、訴状の提出を、同システムに必要な情報を入力したりアップロードしたりすることでできるようになります(e提出)。当事者の氏名又は名称及び住所、原告代理人の氏名及び連絡先、事件名などは、同システム上の特定の入力フィールドに入力し、請求の趣旨及び原因は、それを記載した文書のPDFファイルをアップロードすることになりそうです。PDFファイルにはテキストデータが記録されていることが望ましく、場合によっては、裁判所から、PDFファイルの元となったWordファイルの提出を求められることもあり得ます。
提出された訴状の審査が終わると、訴状及び呼出状が被告に送達されます。多くの場合、被告は同システムに利用登録していないでしょうが、裁判所から、手紙などにより、同システムへの利用登録の案内が送られると予想されます。そのような利用登録をするかどうかは被告の自由ですが、利用登録をする場合には、Eメールアドレスなど、電子通知を受けるための通知アドレスを届け出ることになります。そして、訴状や呼出状の送達は、書記官が同システムに送達対象書類をアップロードし、その旨を被告の通知アドレスに電子的に通知し、それを受け取った被告が同システムにアクセスして、送達対象書類を閲覧又はダウンロードする方法で行われることになります(この方法は「システム送達」と呼ばれています。)。
そして、同システムに利用登録した当事者は、その後、準備書面や書証の写しの提出を含めて、裁判関係文書のやり取りをオンラインですることが必要になります。
なお、このような同システムへの利用登録(すなわちオンラインでの訴訟追行)は、委任を受けた訴訟代理人には必須となる可能性が高いように思います。それに一定の例外を認めるべきかはいまだ検討中ですが、訴訟代理をプロとして行っている弁護士であれば、オンラインでの訴訟追行に当然対応すべきという見方が強いところです。
もっとも、訴訟代理人をつけずに訴訟追行する当事者(本人訴訟の本人)については、そうしたオンライン対応が必須になるのはかなり先の話で、今から10年後でも、紙ベースで訴訟追行する当事者は依然として残っていそうです。そうすると、そのような当事者が提出した文書の電子化や、その当事者に交付するための電子文書の印刷や郵送等の手間や費用も残ることになります。これを誰が負担するのかは大きな問題で、いまだ検討中ですが、訴訟関係者全員がIT化の恩恵を十分に享受するためには、できる限り当事者双方がオンライン対応することが望ましいと言えるでしょう。
争点整理の段階では、法改正後には、ウェブ会議システムの利用による期日参加が非常に一般的になる見込みです(e法廷)。この点、新型コロナウイルスの問題が出てきてから、当事者が双方ともウェブ会議の利用によって争点整理をすることは既に一般化しています。しかしこれは、弁論準備手続においては少なくとも当事者の一方は現実に裁判所における期日に出頭しなければならないので(法170条3項)、当事者双方が出頭することを要しない書面による準備手続における協議(法176条3項)が便宜的に多用されているに過ぎま せん。法改正後は、弁論準備手続の期日に当事者双方がリモート参加することが認められるようになり、その要件もかなり柔軟となります。基本的に、当事者が望む限り、リモート参加が認められることになりそうです。また、争点整理のためには、弁論準備手続が利用されるように再びなるでしょう(ここ数年の書面による準備手続の便宜的な利用は、将来の昔話になりそうです。)。
なお、現行法上3種類存在している争点整理手続(準備的口頭弁論、弁論準備手続及び書面による準備手続)を一本化することも検討されています。しかし、その場合でも、従来の弁論準備手続と同様に、非公開の期日で争点整理が行われることが通常と予想され、実務的には、大きな変化はないだろうと思います。
むしろ、大きな変化として言及しなければならないのは、口頭弁論期日にも、ウェブ会議によりリモート参加することが可能になるという点です。もっとも、口頭弁論期日におけるリモート参加がどの程度一般的になるかは不透明です。そもそも口頭弁論期日は、主に、第1回期日として、又は証拠調べ(人証調べ)のために開かれますが、その間は、長期にわたり、(準備的口頭弁論以外の)非公開の争点整理手続が続くことが多いので、公開法廷で行われる数少ない口頭弁論期日には、やはり現実に出頭することが通常ということにもなり得るように思います。
なお、口頭弁論についても争点整理手続についても、ウェブ会議の方法などによるリモート参加が強要されることはありません。また、口頭弁論期日の様子がインターネットで公衆にさらされるということもなく、その公開はあくまで期日が行われる法廷での傍聴のみでなされます。
争点整理が終わると証拠調べ(人証調べ)です。ここでは、証人が受訴裁判所の法廷に出頭せずにリモート参加する方法で尋問を受けることが認められやすくなります。もっとも、実務的には、証人に受訴裁判所の法廷に出頭してもらうことがあくまで原則であり、リモートでの尋問が行われることは珍しいという運用状況になるように思います。
証拠調べの前後には裁判所から和解の勧試がなされることが多いのですが、和解期日も、弁論準備手続期日と同様に、ウェブ会議を利用したリモート参加が可能となり、実務的にもよく利用されるようになるだろうと思います。もっとも、実際に和解が成立する見込みの和解期日においては、裁判所が、特に本人訴訟の本人の真意を確認するため、リモート参加ではなく現実に出頭してもらいたいと求めることも大いにありそうです。
残念ながら和解も成立しないとなると、次は判決ですが、これは現行のやり方とほとんど変化はありません。違いは、裁判所が判決を電子的に作成するというだけで、その言渡しは従来どおり公開法廷において口頭でなされることになります。
ただ、判決の送達は、事件管理システムに利用登録している当事者に対しては、先に言及したシステム送達によることとなります。裁判所から通知アドレスに通知が来て、同システムにアクセスして電子判決書を閲覧したりダウンロードしたりする、という流れですが、送達の効力が生じると、仮執行宣言に基づく強制執行を受けたり、控訴期間のカウントが始まったりします。そのため、敗色濃厚であれば、できれば電子判決書の閲覧等をしたくないわけですが、通知から1週間が経過したら閲覧したものと見なされる見込みですので、閲覧しないでやり過ごすわけには行きません。仕方ないですね。
ここまで、ざっくりと第1審の訴訟手続の将来の姿を予測してみましたが、上訴審や簡裁の訴訟手続も同様にIT化される見込みです。また、訴訟手続そのものではありませんが、訴訟記録の閲覧やダウンロードが、現在の裁判所における訴訟記録の閲覧や謄写よりも、便利に行えるようになる見込みです(e事件管理)。
こうしてみると、裁判関係文書のオンラインでのやり取りが一般化するという点と、期日へのリモート参加が増えるという点は大きな変化ですが、争点整理や証拠調べの実質にはあまり変容は見込まれません。その意味では、現在検討されている裁判手続のIT化は、非常に穏当なものと言えるように思います。裁判手続のIT化の話が最初に持ち上がった際には、法廷は全て撤去してサイバー空間でのみ手続が行われるとか、AIが裁判官に代わって裁判をするとか、かなり飛躍的な受け取られ方がされることもありましたが、それは来る かどうかも分からない未来の話のようです。

4 いつ実務は変わるのか

ここまで述べてきた裁判手続のIT 化による実際の変化は一体いつ来るのでしょうか。
これは段階的にやって来ます。予定されているスケジュールは、おおむね以下のとおりです。

2022年2月上旬以降:

 地裁支部でのウェブ会議システムの運用開始(3グループに分けて順次開始。東京地裁立川支部は同年5月下旬見込み。)

2022年2月以降:

 現在ファックスで行われている文書提出のオンライン化(現行法132条の10を受けた最高裁規則制定による。2月に甲府地裁本庁及び大津地裁本庁で、4月に知財高裁並びに東京地裁及び大阪地裁の商事部及び知財専門部で。なお、現行法132条の10に基づくオンライン提出は義務ではない。)

2022年中:

 国会で改正法成立

2022年度中(2023年3月まで):

 改正法のうち「e法廷」に関する部分の非公開手続での運用開始

2023年度中(2024年3月まで):

 改正法のうち「e法廷」に関する部分の公開法廷での運用開始

2025年度中(2026年3月まで):

 改正法のうち「e提出」及び「e事件管理」に関する部分の本格的運用開始

多くの方は既にウェブ会議の方法による手続へのリモート参加には慣れてきており、不安が感じられるとすれば、改正法により訴訟代理人に必須とされる可能性のある「e提出」の運用開始かと思います。しかしこれは、前述のとおり、2025年度中に本格的運用開始が予定されているもので、スケジュールどおり進んでも、今から4年ほど先の話です。かなり先なんですね。

5 今何をすべきなのか

スケジュールが前述のとおりなものですから、今何をすべきかと問われても、ウェブ会議の方法でのリモート参加に慣れておく程度かなというのが正直なところで、それはとっくに済んでいますよという方が多いと思います。事件管理システムでの対応ができるだろうかと不安を感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、本人訴訟の本人でも対応できるものが想定されていますので、特にITの勉強をしなければなどと考える必要はありません(感覚的には、インターネットバンキングサービスの利用ができる程度で十分かなと思います。ATMに並ばなくて済むようになり、極めて便利ですので、まだの方はこの機にいかがでしょう。)。
ただ、法改正によりどのようになるのかについては、ご関心を持っていただきたいと思っています。法務省のホームページをご覧いただければ、法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会の検討資料や議事録、あるいはパブリックコメントの募集に付された中間試案などをご覧いただけますし、二弁のビデオ研修でも裁判IT化を扱ったものがありますので、是非ご参照ください。

6 おわりに

最後に少し踏み込んだお話をしたいと思います。
裁判IT化により我々弁護士は変革を迫られますが、それよりもはるかに大きな変革を迫られるのは、裁判所であろうと思います。これはパソコンを導入するとか、LAN環境を整備するとかいった単純な話ではありません。裁判官はもちろんですが、書記官、事務官といった裁判所職員の職務にも大きな影響を与えます。特に、「e提出」及び「e事件管理」により、これまで書記官が担ってきた事務がかなり合理化され、それに伴う書記官事務の見直しは避けられないでしょう(実際に、中間試案においても、書記官事務の見直しは一つ の独立した検討項目になっています。)。外部からはなかなか見えないのですが、これは、裁判所という組織の内部においては人事労務の問題ですから、大変にセンシティブで、場合によっては、担当者がつらい思いをされることもあるのではないかと思うわけです。
しかし、私が様々な会合でお会いしてきた担当の裁判官の方々は、裁判IT化は、国民に利用しやすい司法サービスを提供するために乗り越えなければならない課題だという決意を持って臨んでおられるように思います。自分がその立場だったらどうだろうかと想像すると、胃に穴が開きそうです。
そんな風に裁判所の視点で考えると、弁護士から、インターネットで文書をアップロードするなんてできないとか、ウェブ会議は準備が面倒なので嫌とか聞くと、結構カチンと来るのではと思います。IT化が利便性を高めることは確かであり、それは訴訟当事者である依頼者にもメリットをもたらすものですから、試してみればどうということもないことを、試しもせずに嫌がるということだけはないように、我々弁護士もしっかりと決意を持って臨むべきと思う次第です。