インハウスレポート
Mar iko Mimura 三村 まり子(44期)
インハウスローヤー(組織内弁護士)とは、企業に役員や従業員として所属する企業内弁護士、及び、省庁や自治体に職員(主に任期付き職員)として勤務する弁護士の総称です。
本企画は、当会所属のインハウスローヤーに経験談を紹介していただく連載企画です。
はじめに
今は西村あさひ法律事務所でオブカウンセルとして働いていますが、2005年から2018年まで、GEヘルスケア・ジャパン、ノバルティス ファーマ、GSKという医療機器、医薬品の外資系企業で法務・コンプライアンス・渉外等の担当役員をしていました。
会社経営に興味を持ったのは
インハウスローヤーになったきっかけは、1999年にロサンジェルスのGibson, Dunn & Crutcherという法律事務所で働かせてもらっていたとき、事務所のパートナーの紹介で、Quallion LLCという体内埋め込み型医療機器に用いる二次電池を開発しているスタートアップの会社で働いたことでした。
当時はリチウムイオン電池の技術の中心は日本にあり、世界でのシェアも90%以上が日本産でした。
その会社は、ユダヤ系アメリカ人のエンジェルが出資し、日本のエンジニアが数名で会社を運営していたのですが、私はCOO的な立場で会社運営をお手伝いすることになりました。
会社は立ち上げてから2年くらい経っており、前記写真のような製品のプロトタイプができて、生産に移行する時期でした。私が入社した当時は、R&Dや生産を含め、社員が40人程度で、いざ量産に移行しようとすると、工場での歩留まりは10%以下、顧客である医療機器会社の臨床試験に使用するために必要な製品を約束どおり供給できない状況でした。そこで工場での歩留まりの悪さの原因究明を行ったところ、製造部門の職員が電池の仕組みを理解しないまま製造を行っているせいであることが分かり、日本のエンジニアを含むR&Dの専門家たちに、工場の各工程を指導するためしばらく工場に入ってもらうという措置を講じ、僅か1、2か月で、歩留まりを98%程度に上げるという経験をしました。
同社には2001年末まで1年3か月くらい在籍していましたが、私が辞める頃には、従業員数100名を優に超える大所帯になっていました。なお、本論とは全く関係ありませんが、この頃、ノーベル賞受賞者の吉野彰さんに何度かお目にかかって技術指導していただいており、受賞されたときは、本当に感激でした。
このスタートアップの会社での経験があまりに楽しく、充実しており、ビジネスと医療の分野に興味を持つようになりました。
インハウスローヤーへの転身
2002年に西村あさひに戻って弁護士をしていましたが、ある日ヘッドハンターから電話をもらい、インハウスに興味はないかと尋ねられました。当時は、インハウスと言えば金融かIT 産業が中心だったので、私は、日本で製造を行っている医療関係の会社を探してくれれば考えるとお答えしたところ、見つけてくれたポジションがGE ヘルスケアのGCでした。
その頃GEヘルスケアは、アマシャムという製薬や試薬の会社を買収したところで、このポジションは医療機器、医薬、試薬の3つの分野を見ることができ、しかも日本に工場があって製造を行っているということで、私にとっては理想的なポジションだと思えて、すぐにお引受けしました。しかし、当時はまだまだインハウスローヤーは珍しく、なぜ大手事務所のパートナーからインハウスに行くのかと、変人扱いを受けたものでした。もちろん私の方もインハウスに行く以上は片道切符で、元の法律事務所には戻れないだろうという覚悟で会社人生をスタートさせました。
インハウスローヤーになって良かったこと
GEヘルスケアの親会社であるGEは、我が社は物を生産して売るより、人材を育成して輩出している会社だと言っています。実際、世界では名だたる会社にGE 出身のCEOがいるわけですが、GEでは人材育成のためにかなりの投資が行われています。中でもクロトンビルのリーダーシップ開発研究所は有名で、広大な敷地にホテルのような宿泊施設と講義を受けたりトレーニングを行ったりする施設、そして通称ホワイトハウスと呼ばれるバーなどが備わっています。私は運良く入社半年くらいで、3週間にわたるリーダーシップトレーニングに参加させてもらう機会を得ました。会社経営に関する勉強を、実際の会社のリーダーたちやアカデミアから学ぶとともに、経営シュミレーションやリーダーに必要なコミュニケーション法などをみっちり教えてもらいます。法律事務所から企業に行って、一番良かったと思えたことの1つは、このようなトレーニングの機会を得たことでした。GEのリーダーシップトレーニングはどこよりも充実していましたが、他の企業に行っても、同様のトレーニングを受ける機会は与えられました。
ビジネスが分かる弁護士への需要
このように会社人生を送ってきましたが、その間にインハウスローヤーや弁護士業務に対する世の中の期待にもだいぶ変化がありました。クライアントである企業が法律事務所に対して、ビジネスに即したアドバイスを求めるようになり、法律事務所の方もそれに対応してビジネスを理解してクライアントにアドバイスができる弁護士を必要とするようになってきているように思います。その結果、十数年前は片道切符だと思っていましたが、結局は元の事務所に戻って働くようになり、今はライフサイエンス・ヘルスケアに特化して弁護士業務を行っています。以前は、知財とか独禁とか、法律分野での専門家の弁護士はいたと思いますが、ビジネス分野の専門家の弁護士が必要とされる時代が訪れたことには、感慨深いものがあります。