出版物・パンフレット等

最新のセクシュアルハラスメント規制・動向と依頼者へのアドバイス

菅谷 貴子(55期) ●Takako Sugaya
当会会員

【略歴】
2002年 弁護士登録
現 在 山田・尾﨑法律事務所
    パートナー弁護士
    男女共同参画推進二弁本部幹事

【著作等】
「DVD 職場で起こるハラスメント対策の基礎知識 全1巻」
「DVD ハラスメント対策は「初期対応力」で決まる! 全2巻」等

1 はじめに

最近のハラスメントの動向としては、ここ数年非常に多くマスコミでも取り上げられ、一旦問題を起こした場合には加害者が要職に就いていた場合には辞職をする、企業の事後対応も非常にバッシングを受けるということが多発しています。
経営者が長年にわたってハラスメント問題を起こしていたという中で、取締役会で厳重注意にとどめたことで被害者から声が上がり、最終的には辞職するというケースもいまだに起きており、対応に失敗すると大変なことが起こるというのはどの企業も比較的理解をしていると思います。それでも、実際に起こるとなかなか身動きが取れずに問題をさらに大きくさせてしまいがちです。
また、セクハラもパワハラも「パワー」に基づいて行うものですので、加害者というのは会社の中で「パワー」を持っている者が多いです。そういう者は、今まで順調にキャリアを積んできたこともあり最初の挫折となってしまい、仕事では冷静な判断ができても自分事になると非常に狼狽して、訴え出た方に対してものすごく攻撃的な態度を取ってしまうということもありがちです。
ハラスメントが問題となったときに、被害者が声を上げたことを売名行為だとかなり声高に言ったことで被害感情を非常に逆なでして、結局民事訴訟、刑事裁判を起こされてしまうというケースは、当事者として事後対応に失敗した典型例です。
それなりにある程度知識を持っている人がほとんどであるにもかかわらず、失敗を繰り返してしまうというのがこのハラスメントの問題の特徴ですので、なぜそのようなことに陥るのかということも含めて話ができればと思っております。

2 近時のハラスメントの動向

ここ数年、従前よりハラスメントに対する風当たりは非常に厳しいものになっております。少し昔であればセクハラ、パワハラという傾向があるということが認知されている者であったとしても、ある程度会社への貢献度が高いと、その方を守ることを優先して周りの者に我慢をさせるという対応が行われ、ある程度見逃されていたように思いますが、ここ数年でそのような対応は隠ぺい体質だということでむしろバッシングを受けるケースが増加しています。
周りから声が上がってから後付けでやむを得ず対応を始めた場合、当初よりももっと厳しい対応をしないと周りが納得しないことになります。 後手に回ることによって、加害者に対しても重い処分をしなければいけない、会社としてもクリーンなことを、より明確に打ち出すためにかなり厳格な対応をしないと収拾がつかないということが、最近の傾向といえます。
その1つの理由としては、今までハラスメント問題というのは会社の内部の問題で、会社の常識の中で判断されることである程度収束方向に向かっていたのに対し、今はSNS など誰でも世の中に発信できるツールがありますので、業界やその職場内での常識で判断したことが、世の中の常識とずれていた場合、そこにものすごくハレーションが起きて、よりバッシングが激化することがあります。
これからは、前例を踏襲するやり方では、とても収拾できないケースが増えてきていることをしっかりと会社側で受け止めて、今の時代においてどのような基準を持っていただくべきかをしっかりと植え付けておくことが大事です。

3 なぜハラスメントは減らないのか

実際にハラスメントはなぜこんなに減らないのかということですが、当事者に自覚がないケースがほとんどだからです。
加害者とヒアリングをしても、本当にことごとく自分のやっていることがセクハラやパワハラだとは思っておらず、今、訴えられてもまだそうだったとは思えないと吐露するケースも少なくありません。「私がやっていたことはハラスメントだと分かってやっていた」というケースは少ないのが実情です。
なぜそのようなずれが起きるのかという点ですが、その理由の1つには自分の行動を客観視できていないことがあります。企業のパワハラ研修の質疑応答では模範解答を出すのに、自分が実際にやっている行動がそこで議論されている行動に該当することを全く理解できていないことがあります。
例えば自分が怒鳴っている音声や動画などが出てくると案外ショックを受ける方がいます。ハラスメントに限りませんが、人は自分事になってしまうと自分の行動というのを冷静に見ることができない場合が多いのです。
もう1つの理由が、今までのやり方をしなければ、よいものはできないと確信しているケースです。今、ハラスメントを起こしやすい世代としては40代から60代が多く、この世代が管理職若しくは幹部になっているので、問題を起こしたときに会社が大きいダメージを受けることになります。
この世代はお気の毒で、自身が新人の頃は、セクハラもパワハラもこんなに問題視されておらず、かなり劣悪な環境の中で仕事をしてきて今のキャリアを築いている方がたくさんいます。
そして自分が受けてきた環境と同じことを今はやってはいけないということは認識をしているけれども、その一方で「ああいう時代があったから今の自分があるのだ」、という自負を持つ人も多く、「そういう苦労する時代がなければやはり一人前の仕事人にはなれないだろう」、ということで、よかれと思って熱心に指導した結果、パワハラとして訴えられるということがよく起こっています。
今まで自分がハラスメントに耐えてきて、管理職になってようやく自分がそういう形で仕事を振れると思ったときには、周りに配慮しろと言われるというのは、ある意味ではお気の毒です。とはいえ時代の価値観はどんどん変わっています。
コロナ禍で仕事の仕方も突然リモート中心になって大きく変わっているように、セクハラ、パワハラの認識や許される範囲というのも時代の経過でものすごく変わっています。昔の常識を引っ張ってきて、「昔はこうだった」みたいなことを言っても、残念ながらそれは通用しません。
ただ、相談を受けるときには、そのような時代の変化によって、自身も変化しなければならない世代の心情にも寄り添って、一方的に「道徳的に駄目です」というような言い方はせず、「昔の延長上で今を考えていては、一生懸命やってきた仕事が続けられないなど、結局ご自身のためにならないです」という切り口でお伝えするということが、自分の言動の問題性を理解してもらうためにも非常に大事なポイントになると思います。
私が聞いた中では、上司からひどいセクハラもパワハラも浴びてきて、ああいうことをやると問題だと分かっていて、「自分もそこまではしない」と、「7掛け、6掛けでやっているという自負を持っています」、という話がありました。
自分で案外セクハラにもパワハラにも感度がある方だと思っている方が起こしているケースは多くありますが、10割のものを7掛け、6掛けなさっていたとしても、それが今の常識でいうセーフティーバーより下回っているとは限らないことに気付くことが重要です。
昔はそうだったからそれよりはマシだということではなく、今、自分がやっていることを今日のワイドショーで取り上げられた場合に、みんながそれをセクハラ、パワハラだと判断するかどうかを判断基準にしてみるというように、具体的にイメージできることをお伝えするということが、啓もうをお手伝いする弁護士としては重要なことになってきているということを実感します。 また、「うちの業界ではこれが当たり前です」というお話をされるケースもたくさんあります。
しかしながら、今本当に大きい不祥事というのは第三者委員会が立ち上がって、業界とは関係ない者を調査に入れなければいけなくなります。
そして裁判になった場合も必ず業界と関係ない裁判官が判断するということになりますので、その業界の常識が世の中の非常識になってないかどうかということを必ず確認する必要があります。
業界常識ということが一般的な常識として通用する感覚ではないということを、しっかり幹部クラスに理解いただくということも非常に大事なポイントです。
いずれにしましても、ハラスメントの事後対応を失敗すると当事者としても致命的で、今までどおりの仕事もできなくなるケースが多いですし、組織としても「あそこは人権意識もないしブラック企業だ」というラベリングをされてしまうことになりますので、とにかくなるべく問題が起こらないようにするということと、起こってしまった場合の初期対応にウエートを置いていただくことが、大事なポイントです。

4 ハラスメントの態様・種類

実際に今の職場で起こっているハラスメントはどんなものがあるかということをご説明させていただくと、圧倒的に多いのはセクハラ、パワハラの2大ハラスメントです。最近の傾向では、多くの企業ではセクハラは一定数が恒常的に起きているが高止まりの傾向、それからパワハラに関しては増加傾向にあるとおっしゃる企業が多いかと思います。
その一番の理由というのは、セクハラに関しては対象行為が性的言動で、性的言動を会社に持ち込まなければいけないケースはほとんどありませんので、そういう意味では防ぎようがあります。
一方で、パワハラに関しては、上司はきちんと指導をしなければいけないけれども、やり過ぎるとパワハラになる、常にその線引きを自分で持ちながら日々の業務を行わなければいけないので、判断基準が曖昧で分かりにくく、トラブルになることが多いです。
相談の訴えの中には全然パワハラとはいえないものも含まれてきますので、会社の中で何がパワハラで何がパワハラではないかということも、しっかりと線引きができるようにしていかないと、ハラスメント案件ばかりがたまっていくということも起こってきます。
そのほか、アルコールハラスメント、ジェンダーハラスメント、マタニティーハラスメント、リモートハラスメントが問題とされてきております。コロナ禍で現在飲み会が大幅に減ったのですが、従前には企業で起こるハラスメントの多くはお酒が絡んでいるもので、お酒の席というのはやはり気を付けなければいけません。特に今の若い世代は飲む機会が少ない者が増えている一方で、40代以上の者の多くは今もかなり飲まれます。
その中では酔うと記憶をなくしてしまったり、違う人格が出てきてしまったりする方がまだおり、そのようなケースはトラブルになりやすいので、やはりアルコールとの付き合い方も自覚をしていただくということが重要なポイントです。
それからジェンダーハラスメントでは最近LGBTの問題を含めて、大きなトラブルになりやすいのでこのあたりもしっかりと押さえておく必要があります。
特に性自認と性的指向、自分を男女のどちらだと認識するか、同性が好きなのか異性が好きなのかというのは本人のプライバシーに関わることですので、会社で一緒だというだけで立ち入るのは、基本的には間違っているという意識をしっかり持っていただくということが大変重要になってきています。
最後にリモートハラスメントです。
ここ1年、勤務形態がリモートにシフトしたことによる新たなタイプのハラスメントが発生しており、企業からの相談も増えております。
これはマネジメントの問題でもあります。急に対面ではなくなったので、管理職が部下をどう管理していいか分からず、とにかく1日中ウェブ画面の前に座っていろという話になったりするケースもあります。
リモートを使う際のルールがないとか、リモート飲み会なども際限がなくつらい、メールが多くなっているので深夜に頻繁に送られてきて対応に困るなど、やはりリモート特有のトラブルが起きておりますので、多く起きているトラブルを通じてルール化に取り組んでいただくということも、防止のためには重要なケースになってきます。

5 パワハラ防止法の施行

さて、2020年6月にパワハラ防止法が施行されました。そこで、皆様がいろいろな企業から相談を受けられるときに、共有いただきたいことをいくつかポイントとしてお伝えしたいと思います。
セクハラに関しては男女雇用機会均等法が従前からあって、措置義務などもありましたけれども、パワハラ防止法に関してはようやく施行されました。
これだけパワハラが起きているのに法整備に時間がかかったのは、やはりセクハラに比べてパワハラというのは指導のいき過ぎかどうかの判断が難しいにもかかわらず、起こしてしまったときの罰則などをセットにするとやはり非常に運用が難しいからです。
ただ、加害者にとっては明確な基準もないのに、一度起こすともう仕事が続けられないという事態が起こります。企業にとっては、被害者側、加害者側の両方が職場にいられなくなるということもありますし、ブラック企業だとバッシングを受けて、優秀な人材も離れて社会的信用も失うということになります。そんなパワハラ問題をこのまま放置できないという現状において、ようやくパワハラ防止法が施行されました。
パワハラ防止法ができたことによって今までと何が変わったのかというと、企業として新たに対応すべきことはそれほど多くないと言われています。
多くの企業ではセクハラとともにパワハラについても同じように既に就業規則で懲戒事由に入れられ、相談窓口もハラスメント相談窓口としてセクハラと一緒に設定されていたと思います。
したがってこの法整備に合わせて慌てて何かをしなければいけないというよりは、今まで先行してやっていたことがきちんとやらなければいけないこととして明確化された、そのような位置付けで受け止めていただければ十分かと思います。ただ、就業規則などに手が回っていなかったという会社もありますので、一応ご確認いただければと思います。
ただ実際の現象としては既にこの半年で変わってきているところがあります。1つは、相談件数の増加です。
パワハラがパワハラ防止法によって露見することが増えただけでなく、コロナ禍で就業環境が大きく変わったことによるストレスなどの影響もあるかと思いますが、多くの企業で、この半年、1年でかなり相談件数が増えているようです。
やはり6月になってこういう法律ができました、こういうことは駄目ですということがかなり取り上げられたので、今までパワハラ被害を我慢されてきた方もこれは声を上げていいんだということを改めて認識したことがあろうかと思います。
そして、現在、数年前の案件も今になって声が上がるようになってきています。これに対して、会社の中では「本当に大変であれば現在進行形のときに声が上がってくるはずで、2年も3年もたってから声が上がるというのは何か違った思惑があるのではないか」として、重く受け止めないケースもありますが、性犯罪のように、本当に深刻なケースは渦中にいると声が上げられないケースがあって、少し時間がたってから声が上がるというのは十分あることを理解する必要があります。
もちろん、場合によっては単なる勢力争いや人間関係のトラブルに、パワハラという切り口が利用されてしまうケースもありますが、そうではなく、「いろいろ今まで我慢していたけどようやく勇気が出ました」というケースもありますので、単に時期がずれているからということで軽んじるということは、是非避けていただければと思います。
もう1つは、職場としてきちんとパワハラ防止をしなければいけない、パワハラが起きたらきちんと迅速に対応しなければいけない、ということが法律上求められることになりました。そのため管理職等の職場環境を守る立場としては、よりハラスメントに対して探知能力を高めて速やかに対応いただくということも必要になったという意味で、上司や幹部クラスの意識にしっかりともう一度そのことを植え付けていただくということが、事前予防としては非常に重要になったと指摘できると思います。
最近のハラスメントの傾向として、職場の相談窓口を利用せず外部の通報窓口やマスコミを使った声の上げ方をされるケースというのが増えています。そういったケースがなぜ起こるかというと、ポイントとしては社内の相談窓口が信用できないということに尽きると思います。
「組織内で声を上げたら潰されてしまう、若しくは放置されてしまうんだったら、その組織が本気で動いてくれるところに自分は助けを求めよう」という意識があると思います。
これは職場にとっては最悪です。このようなケースの場合、一番最初に探知ができずに、大騒ぎになってから知ることになります。マスコミ報道を受けて説明するときには、完全に後手に回ってしまいます。マスコミの方がよほど事情を知っている状況となり、会社はまだ何の態勢も整っておらず、「こんなことが起きているのにまだそのレベルなのか」ということで、よりバッシングを受けることになってしまいます。
日頃から相談窓口に相談をすれば適切な処理がしてもらえる会社であるという信用を、従業員との間でしっかりと作っておくことが、社内の中できちんと浄化して進めていくためにはとても大事なポイントです。
「最近はセクハラ、パワハラの話が増えて本当に仕事がしにくくなった」といったことを言う上司がいると、部下は「この組織に言っても駄目だろう」と感じるので、ハラスメントの問題というのは下から意識を高めて上の者を啓もうするのは難しく、風上から風下に向けて意識を変えていただくことが必要です。そのため、事前予防という意味で、とにかく上の層に対して働きかけることが大事です。
その一方で1つの問題としてセクハラ、パワハラというのは致命的なダメージをその人に与えることになるので、単にその人が嫌いであるとか、その人が仕事でうまくいっているのが嫌だと思う人が、セクハラ、パワハラという切り口でトラブルを告白してしまうようなケースも起きています。
そういったケースにこれを本当にハラスメントとして取り上げるべきかどうかという判断をシビアに求められるケースも増えてきていますので、恐らく皆様が相談を受けるケースでも、そもそもこれはハラスメントなのかという判断を求められるケースも、多く出てきているのではないかと思います。

6 当事者の対応の問題点

ここからは、ハラスメントがなぜ大きなトラブルになってしまうのかということについて、当事者の視点と会社の組織としての問題点という観点からご説明をさせていただきます。
まず、当事者の対応の問題点としては、1つはハラスメント問題の重大性に対する認識の欠如です。これは企業で対応されるときに気を付けていただきたいのですが、いろいろな案件のトラブルを抱えている会社において、ハラスメント問題は従業員個人の人的なトラブルだという捉え方をすると、会社にとってビジネスとして重要性の高い案件を優先して処理をして、ハラスメント問題が脇に置かれてしまうということがよく起こります。
そのようにプライオリティーを低くしているということに関し、当事者としても、そのうち風化してくれるだろうみたいな感覚になってしまうと、最初の勇気を持って声を上げた被害者の被害感情をものすごく逆なでしてしまうということが起こります。
ハラスメント問題は被害者にとっては毎日多くの時間を過ごしている職場で、継続的に嫌がらせを受けているという極めて耐え難い状況ですので、ハラスメント問題が自分事として生じてしまったら、深刻な人間関係のトラブルの当事者だという自覚を、まず持っていただくことが大事です。
2番目としては、初期対応の重要性に対する無自覚です。これは加害者となってしまった方からご相談を受けたときにものすごく気を付けていただきたい点です。重要なポジションで、ある程度パワーがある者が加害者になっているケースが多いのですが、きちんとビジネスの判断ができる者も自分事になるとものすごく狼狽し混乱します。
そういうときに何をするかというと、2パターンあります。実体と関係なく、とりあえず事実無根だという形で全面否定をしてしまうケースと、売名行為、虚言癖、ハニートラップ等だということで、被害者に対して攻撃を仕掛けてしまうケースです。
皆様もマスコミ報道等で、そういう対応をしている政治家や社長をたくさん見てこられていると思います。後からどうせいろいろなことがばれるのになぜそんなことを言うのだろうと思われるケースが多いですけれども、これは自己防衛反応だと思います。
重要な仕事を抱えている中でハラスメント問題が急に起きてしまったときに、とにかくこの問題を払拭しなければと思って自己防衛のあまり、反射的に対応してしまうことがあります。でも、これが致命的なミスになってしまって、もう二度と回復できないということが多発しています。
被害者にとって自分が虚言癖だと言われれば、自分に非がないということの声を上げるためには、もっと強く自分の主張を訴えなければいけない形になりますので、加害者は防衛しているつもりで被害者を追い詰めてしまって、逆により強い対応を引き出してしまっているというのが、初期対応の一番の失敗です。
対応前に弁護士に相談に来たのであれば、まずどういうことが起きていて、どういう立場で、どうしたいのかの会話のキャッチボールをしていただきたいです。
加害者になるような立場のある方がある程度冷静になれば、自分の立ち位置やどうしなければいけないかということを、自分の中で解決を導き出せることも多いので、一拍、自分のこととして捉えて冷静に判断するためのプロセスに協力するというスタンスで聞くことが重要です。衝動的に何か行動を起こすことがないよう、かつ、放置することがないようアドバイスいただければと思います。
「絶対にセクハラ・パワハラではないです」と言う者の中には、例えば「メールがしつこくて嫌だった」と言われると、それをやめると自分の非を認めたことになるから、あくまで送り続けたいという者もいます。しかし、実際に続けてしまうと、やめてもらうためには相手はもっと声を上げるしかなくなります。
そういう者に対してお伝えいただきたいのは、「セクハラだろうがパワハラだろうが組織の中でこの人のことを訴えようと思うぐらいに、自分に対して悪感情を持たれてしまったという人間関係のトラブルがあることは間違いがないので、何でそんなことが起こったのだろうということをまずは受け止めましょう」ということです。業務上やめても支障がないなら即刻やめるようアドバイスいただくことがとても重要です。
被害を申告した者において、最初から「懲戒処分にしてくれ」や「加害者を転職させてくれ」ということを希望しているケースよりは、「今の自分が嫌だと感じていることを止めてほしい、そしてできれば円満に今までどおり仕事をしていきたい」と思っているケースが少なくありません。意固地になって自分の正当性だけを主張するということにならずに、冷静に客観的に自分の立ち位置を受け止めていただくということで初期対応に失敗しないようにしていただけるのではないかと思います。
3番目としては自分のパワーに対する鈍麻です。
よく加害者の方は、「そんなに嫌なら言ってくれればよかったのに」と言いますが、言うことが難しいという人間関係の構造をしっかり理解していただくことが大事です。そのためには、自分が部下だったときに上司に言いたいことを何でも言えていたかを、イメージしていただくと分かりやすいです。
飲み会でしつこくされた上司がいたときに、「あなたの酒癖が悪いから私は行きたくありません」と率直に言える方はほとんどいません。部下が常に上司に気を使う立場だということは、自分が部下だったときをイメージすると想像していただけるかと思います。
4番目としては、自分の感覚と相手の受け止めのずれに対する想像力の欠如です。何でも最後に「冗談」と付ければ全部白紙に戻せると思われている人や、発言だけであればセクハラといっても実害がないと考えている人、それからお酒の席なら無礼講だからその後は水に流せばいい、旧態依然とした感覚を持っている人がいます。
そういう感覚の違いから起こっているケースもあるので、何でこの人がこういうことに陥ってしまったのかということをある程度聞き、少しずつ指摘するということが非常に大事です。

7 組織としての対応の問題点

次に、当事者同様、組織としてもハラスメント問題がどれほど重大な問題かということに対する認識がずれてしまっている会社というのが残念ながらたくさんあります。特によくあるのはハラスメント案件が多発している会社や、特定の人が何度もハラスメントの声を上げている会社で、「またか」ということで、どうしても劣後してしまうことです。
何度もクレームを申し立てている人であったとしても、その事実の1つは本当かもしれません。
取り上げるべきかどうかについては、誰が言っているか、何が優先だからなどではなくて、一件ずつきちんと向き合い、判断をするという意識も必要だと思います。
次に、当事者同様、組織としてもハラスメント問題がどれほど重大な問題かということに対する認識がずれてしまっている会社というのが残念ながらたくさんあります。特によくあるのはハラスメント案件が多発している会社や、特定の人が何度もハラスメントの声を上げている会社で、「またか」ということで、どうしても劣後してしまうことです。
何度もクレームを申し立てている人であったとしても、その事実の1つは本当かもしれません。
取り上げるべきかどうかについては、誰が言っているか、何が優先だからなどではなくて、一件ずつきちんと向き合い、判断をするという意識も必要だと思います。
それから、被害者側の視点や立場に立った調査方法の重視です。
そもそも被害者は、非常に声が上げにくいです。セクハラは性的なことですし、パワハラは自分が無能だと思われるのではないかという躊躇があるからです。本当に勇気を持って声を上げたワンチャンスにきちんと対応しないと、もう会社に対する信頼はなくなってしまって、外部に相談に行かれてしまうことになります。
常日頃から相談窓口態勢を整えていただくということもきちんとやっていただきたいと思います。
とある会社には相談窓口があり、相談員がいたのですが、相談員は自分が相談員であることを知らず、電話がかかってきたのに、「それは何のことですか?」という感じで対応して、通報者が「もうこれは駄目だ」と感じて外部に相談に行ってしまったというケースもありましたので、箱をつくるだけではなくきちんと動くかどうかということもポイントです。
有事のときのBCP 対応などといいますが、有事でないときにきちんと動かせるようになっているかどうかというチェックも、しっかりしていただくということが重要かと思います。
そして、客観的視点の欠如です。どう扱って認定してどのような懲戒処分にするかということも含めてですが、それを世の中に説明したときにみんなが「なるほど、こういう事案だったらこういう処分をするのは妥当だ」と言っていただける幅の中に収まった判断になっているかという視点もしっかり持っていただきたいと思います。
これを言うと「世の中の全員が納得しなければいけないですか」と言われることもありますが、そんなことはありません。世の中には極端な感覚を持っている人もいるので、世の中に話されたときにどういう感覚を持つ人が多いのかという視点を持っていただくということです。

8 近時のハラスメント事件の特徴

近時のトラブルの特徴として、事後対応の失敗からトラブルが激化するケースが本当に多いです。事後対応に失敗していないケースは世の中に漏れ出ることは余りありません。事後対応に失敗すると会社の中だけでは収まらない話になり、世の中に知れわたり、バッシングを受けてしまいます。
その他に、よくあるケースとしては、相談を受けた上司の対応によって被害感情が増大するケースです。上司世代の方の感覚が古く、「社会ではよくある、それくらい我慢しないと仕事はやっていけない」ということを言ってしまって、更に絶望させてしまうことも起こっています。
「この程度のことは我慢して当たり前」のような感覚を持っている方が上司だと、必ずそこで相談をせき止めてしまうことになりますので、上司になる人に対してもきちんと啓もうするということが大事だと思います。
3番目としては、会社の相談窓口でないところに相談が行ってしまうケース、本人でない人が申立てをするケースなどが増えています。これは気を付けなければいけない点があり、本人の申立てがないということは調査しないことの免責には全くならないということです。会社はハラスメントを探知したら調査を行い、ハラスメントであればそれを是正しなければいけません。
ただし、本人による申立てでない場合、本人の意向が全然違うところにあったり、そもそもハラスメントかというところに問題が生じたりするケースも確かにありますので、本人の意向はどうか、どういう背景事情で本人以外の人が申し立てたのかということについても、丁寧に調査をしていただかないと本人に被害が更に及んでしまうケースもありますので留意が必要です。
ともかく、本人が申し立てないから放置していいということにならないことを是非押さえていただければと思います。
また比較的軽微なハラスメントでも問責される「プチセクハラ」として、最近突出して多いトラブルはメールトラブルです。特に、ショートメールといわれているようなもので上司の方が短い文で砕けた話をする、24時間全然時間関係なく仕事と関係ない話をする、更にひどいものは、絵文字がちりばめられているもので送ってしまうということが起こっております。
こういったことも理由を聞くと、「娘を相手にするような気持ちでやりました」「言葉遊び」「コミュニケーション」と言うのですが、その感覚はもう古く、娘さんに対して同じことをしてもたぶん嫌われることでしょうし、そのようなことでコミュニケーションは改善しません。
啓もうの段階から、トラブルになっている具体例を先に示すとイメージが湧きやすいので、最近起こっている事例などを会社の中で共有いただくということも有用な手段かと思います。

9 パワーハラスメントの捉え方

2020年にパワハラ防止法が成立したことによって、成立要件が3つに集約されました。 優越的な関係を背景としていること、業務上必要かつ相当な範囲を超えたこと、労働者の就業環境が害されたことの3要件ですが、実際に問題になるのは2番目の業務上必要かつ相当な範囲を超えたかどうかということがほとんどです。
嫌がらせされているということは何らかの優越的な地位があるケースがほとんどですし、優越的なケースに基づいて嫌がらせをされていればほぼ就業環境は害されることになりますので、結局は業務上必要かつ相当な範囲を超えたものかどうかということが、判断として一番悩ましく、トラブルにもなるところです。
優越的な関係というのは上司、部下が典型ですが、同僚同士でもなり得ます。生え抜きと落下傘で入った上司の間であれば、生え抜きの人が情報共有をしなければ落下傘の上司は仕事ができません。パワーバランスがあれば職位とは関係ないということを押さえていただければと思います。
問題は業務上必要かつ相当な範囲を超えた行為とは何かです。指針の上では「社会通念に照らして必要かつ相当でないもの」と書いてありますが、具体的に従業員に「とにかく社会通念に照らして不相当なことをしないで」というだけでは、ほとんど何も指針や基準を示していないのと同じことです。
この判断のポイントは、なぜ上司が部下に指導を許されているのかという視点です。つまり、何らかの指導をするのは業務の質の向上や合理化に資するためですので、その指導内容が業務の質の向上や合理化に資するものになっているか、役立つものになっているかというのが1つの判断基準となります。
また、当然社会人としての振る舞いを求められますので、それが上司という社会的に認知された立場として許される指導方法に収まっているかというのが、2番目の判断基準ということになります。
後者は主観的なものではないかと思われるかもしれませんが、自分の言動が世の中にさらされた場合に正々堂々としていられるか、批判に耐えられるような枠に収まっているかをイメージしていただくと一般的な基準からずれにくいといわれています。
例えば、「カメラに録画されていてもあなたはそういう行動をしますか、それに胸を張れますか」と聞かれて、やめておこうかというものであれば、それは枠を越えているのかもしれません。
パワハラに当たるかどうかは、発言でいえばこのように内容と手法の2つがポイントで判断されることを説明するケースが多いです。
もう1つ、就業環境を害するかどうかは、その人がどう受け止めるかということだけではなくて、社会一般の労働者の多くがそれをどう受け止めるかということで判断するということが、明確に指針に示されています。
世の中に放たれている「YouTube」での発信やマスコミ報道に耐えられるものになっているかというのが指針にも合致していて、「多くの一般の感覚の人として、指導といって理解してもらえる範囲なのか、自分の感情をぶつけただけといわれるのかということを、法律でもいっています」と説明をすると、イメージが湧きやすいのではないかと思います。
典型例は6類型に分かれております。
私自身は厚労省の指針は典型的に駄目なケースと典型的に駄目ではないケースが書いてあるため、結局グレーゾーンや判断が難しいところの指針になるものは充分に記載されていないようにも思います。
精神的な攻撃などを見ていただくと、やはり必要以上に長時間にわたるものはやり方として間違っているということになりますし、人格を否定するような発言でいえば、「給与泥棒」「お前の親の顔が見たい」などです。
先ほどの2つの判断基準を当てはめてみると、そんなことを言われてもどう業務を改善していいかはさっぱり分からず、内容として業務の合理性や質の向上に資するものとはいえないので駄目といえます。このように、該当する例と該当しない例を見ていただくと、おおよその振り分けの感覚として少し共有いただけるのかと思います。
あとは、無視等の中学のいじめのようなものもハラスメントに当たります。
それから6類型には、過大な要求と過小な要求というものが入っていますが、ここでのポイントは全員同じ境遇や待遇にすることを法律は全く求めていないということです。
その人の能力に応じて偏差を付けるということについては、合理的であれば問題がないとしています。その一方で、誰がやっても絶対にこなせない量は駄目です。説明がつかないような感情的なものは駄目ですというのが法のスタンスということになります。
私はよく「偏差を付けるのであればどうして付けるのかを説明してください」、と伝えています。
それは根拠があるかどうかという検証にもなり、またコミュニケーションギャップを解消することにもなります。それから「自分の部下であると常にクラッシュが起きる、自分の部下はみんな休職していくという場合には、やり方に問題があるケースがあります」という話をしています。
最後に、個の侵害として、いわゆる性的指向や性自認の問題があります。アウティングが起こったことでお1人の人が亡くなっているケースが出てきてから着目されていますが、基本的に性的指向や性自認のことに関しては立ち入るべきではありません。配慮が必要なのであればご本人のご意向を踏まえて対応するというのが基本的スタンスです。

10 おわりに

最後に、職場で起こった場合における事後対応としてお伝えしたいことをまとめさせていただきますが、とにかく初期対応が重要です。
ハラスメントトラブルの中で、私たちが認識するほど激化するケースというのはほとんど初期対応に失敗して、会社内で適切な対応が間に合わなかったケースで、その場合には被害者の救済はもちろんのこと、加害者も進退に関わることになるケースが多くなり、組織も立て直すのが大変なほどにバッシングを受けます。
今は、会社もきちんと対応しないとまずいことになるという意識を強く持っています。今までは取締役などの幹部クラスに研修をしようとしても、「俺たちは分かっているからそんなことをする必要はない」と断られてしまうケースが多かったのですが、数々の先例があることで、今は導入がしやすいので、チャンスと思って是非進めていただければと思います。
プライバシーの問題についてのポイントは、迅速、公正、中立性、客観性の4つです。 まず前提として、セクハラもパワハラも会社の中における人間関係で、他の人にとっては興味深い話になるので、プライバシーをきちんと保護した上で聞く態勢をしっかりしていただく必要があります。万が一でも漏れてしまうと会社に対する信用は失われてしまいます。 そして、迅速に対応するということは早めに被害者本人にフィードバックをしていただくことが必要です。調査の過程において時間がかかるケースはたくさんあります。稚拙に早くやっていただく必要はありませんが、中間報告をすることで動いているということを知っていただきながら、進めていただくということも重要です。
公正、中立性については、特に部下が上司の調査を担当すると全然機能しないこともありますので、どういう方であれば中立性を保てるのか、場合によっては外部機関に頼む、調査委員会を立ち上げるという形で、変な力学が働かないように組織作りをしていただくことが大事なポイントかと思います。
最後に客観性ですが、組織の中で納得感があってもそれを説明する機会を与えられたときに、皆が納得するような結論になっているのか、プロセスも含めて実践できているのかというところをきちんと検証いただくと、結果的にも説明責任を果たすこともでき、どこかに漏れ出たときにも説明する準備ができます。
社内の力学はどうしても働きやすいので、引っ張られそうになったときに、外部にどういう説明をするかに目を向けていただいて、客観性を担保できているかも是非ご確認いただければと思います。
繰り返しになりますが、ハラスメントの分野は初期対応が重要ですので、そこでの弁護士の役割も非常に大きくなっており、企業の仕事をする人は必ず扱うことになるトラブルです。
そこでご尽力いただいてクライアントのトラブルの激化・炎上を救っていただくような対応をいただければと思います。