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裁判員裁判レポート 良い冒頭陳述、悪い冒頭陳述の境目は? ~共催研修レポート~

【当会会員】伊藤 寛泰 Hiroyasu Ito (69期)

本研修のポイント

  1. 冒頭陳述は、争点に即したものにする必要がある。生の事実から、弁護人にとって有意な事実とそうでない事実とを選別・整理して行うことが大事である。
  2. 複数の争点がある場合、冒頭陳述では、その全てを取り上げようとしないで、弁護人が一番大事と考える点に絞ったストーリーを語ることも有効である。
  3. 冒頭陳述が共感されるものとなるために重要なのは、弱点に触れること。弱点に触れない冒頭陳述は、「なんでだろう?それがそうでもダメだよね」と思われてしまう。
  4. 証明責任や証明基準に関する裁判員への説明は、一般論で終始してはダメで、当該事例に即した説明も併せて語る必要がある。

1 研修の概略

(1)裁判員センターと刑事弁護委員会とは、2021年11月4日、「争点整理と冒頭陳述」を主なテーマとする研修を共催した。 講師として野原俊郎判事(東京地方裁判所刑事第8部部総括)をお招きしたほか、神山啓史弁護士(当会会員)、趙誠峰弁護士(当会会員)も講師を務めた。また、宮村啓太弁護士(当会会員)が司会を務めた。

(2)本研修では、①公判前整理手続における争点整理のあり方と、②弁護人の冒頭陳述のあり方とが扱われた。②に関しては、実際の事件を加工したモデルケースを素材に、悪い例と良い例とがそれぞれ実演され、各講師からコメントが寄せられた。
以下では、②の冒頭陳述のパートをご紹介し、みなさんがより良い冒頭陳述を実践するための一助としたい。

2 悪い冒頭陳述の例と問題点

(1)まず、悪い冒頭陳述の例が実演された。

(冒頭略)平成29年の7月6日、この日Aさんは、IさんとKさんと食事に行きました。Iさんは以前からの知り合いです。Aさんから見て、Iさんはやや暴力的なところがあり、特に怒ると手がつけられなくなる性格の人でした。
Kさんとは、この日が初対面でした。Kさんは、Iさんとは数か月前からの知り合いということでした。
Aさんも自己紹介をして、中古車販売の仕事をしていると話しました。すると、Kさんは、ちょうど母親のために車を探していると言ってきました。Kさんが言うには、母親の車が老朽化しているものの、母親には買うお金がないので、自分が代わりに買ってあげたい、そのために頑張ってお金を貯めてきて、現在は数百万円くらいの予算がある、ということでした。
そこで、Aさんは、その時点で紹介できる中古車のメニューをスマートフォンの画面で見せてあげました。Kさんはいろいろと悩んだ末に、Aさんからワーゲンパサートという白い車を110万円で買うことにしました。
Aさんはパサートの配車を、配送会社の従業員であるHさんに依頼しました。Aさんは当時Hさんと交際していました。
そして、2日後の7月8日、AさんはHさんから「今日車届くよ」と言われました。
Aさんは、Kさんに売ることになったパサートが届くと思いました。そこで、Kさんに連絡して、配送された大型駐車場まで一緒にパサートを見に行くことを提案しました。現地でパサートの現物を見てもらおうと考えたのです。
Aさんは、ハイエースを運転して、Kさんの自宅近くの乙ショッピングセンターへ行きました。そこには、先に合流していたKさんとIさんがいました。
Kさんは一旦自宅へ行き、また戻ってきてから、3人で、Aさんの運転するハイエースで大型駐車場へ向かいました。
ところが、大型駐車場にはパサートはありませんでした。
AさんがHさんに電話したところ、今日届くという車は、パサートではなく別の車だということでした。
そうしているうちに、IさんとKさんが、車の中で揉め始めました。IさんがKさんに対して文句を言い始めたのです。このとき、Aさんは運転席にいましたが、Kさんが座っていた座席のドアの鍵を閉めてはいません。チャイルドロックをかけることもしていません。
運転席にいたAさんに、Iさんが「車を出せ」と言ってきました。Aさんは言われるがまま車を発進させました。後ろの席には、IさんとKさんとが乗っていました。
途中、Iさんから言われて、高速道路に乗りました。
(中略)
Aさんがハイエースを運転している間、IさんがKさんに対して「お前の態度が気に食わん」というようなことを言っているのが聞こえました。そして、Iさんの方からは「包丁」という言葉も聞こえました。後部座席からはKさんの「痛い」という声も聞こえてきました。
そしてそのうち、IさんとKさんとの間で、何やら500万円を払うということで話がついたようでした。
Aさんは、IさんとKさんとの間で話がついたことで気が緩んだのか、Iさんに便乗して「港に仲間が待っている」などと、Kさんを怖がらせるようなことを言ってしまったこともありました。
そして、車はKさんの自宅に向かうことになりました。途中でAさんは眠気に襲われ、Iさんと運転を代わってもらいました。Aさんは日頃から精神安定剤を服用していて、この日も、精神安定剤を飲んでいました。その副作用で、突然猛烈に眠くなってしまったようでした。
(以下略)

(2)講師からのコメント

以上の「悪い例」について、講師から以下のコメントが寄せられた。

ア 冒頭陳述は、弁護人にとって有意(メイン)な事実とそうでない事実との違いが分かるようにしてほしい。その切り分け(濃淡の付け方)ができていないと、冒頭陳述を聴いても、弁護人はどの事実を大事だと思っているのかが分からない。

イ 実演された悪い例は、無駄な情報が多く、どこが弁護人として大事なのか、切り分けができていなかった。そのため、どこに着目すればよいのか分からなかった。

3 良い冒頭陳述の例とポイント

(1)続いて、講師の趙弁護士から、以下の実演が行われた。

この事件は、Iという人物が1人で事件を起こすことを決意し、Iが勝手に実行した事件です。Aさんは、その場にいただけです。
つまり、Aさんはこの事件に巻き込まれただけです。
(中略)
平成29年7月6日のことです。
この日、Aさんは、Iから誘われて食事に行きました。そこに現れたのが、Kさんでした。
Kさんとはこのときが初対面でした。
そしてどうやらKさんの母親に車を買ってあげるということのようでした。
Aさんはワーゲンのパサートという車を110万円で売ることにしました。
Aさんは配送会社で働いていたHさんにパサートを千葉(幕張)まで配送してもらうように依頼しました。
そして、7月8日。
AさんはHさんから「今日車届くよ」と言われました。
パサートが今日配送されると思ったAさんは、Kさんに連絡して、パサートが手配されたことを伝えました。そして配送された場所まで一緒に行き、パサートの現物を確認してもらうことにしました。そしてKさんから言われた時間に待ち合わせ場所に向かいました。このときAさんは自分の車であるハイエースで向かいました。
そして待ち合わせの21時30分頃、現れたのはKさんだけではなく、なぜかIも一緒でした。Aさんはハイエースに2人を乗せて、パサートが配送されたという大きな駐車場(甲駐車場)に向かいました。
甲駐車場に到着して、3人全員で車を降りました。Aさんがパサートを探しましたが見つかりません。車が見つからず、Kさんは少しイライラし始めている様子でした。そこで、Aさんは、IとKさんの2人を車に残して、Aさん1人でさらに車を探しましたが、それでも見つかりません。そこでAさんが一旦ハイエースに戻ったところ、Kさんが「もう車を見なくてもいいから」と言い、代金の110万円を渡してこようとしました。
しかしAさんはちゃんと車の現物を見てもらう必要があると思い、これを断りました。
そして、車の外でHさんに電話をして状況を確認したところ、「今日車届くよ」と言ったのはパサートのことではなく、別の車のことだと分かりました。Aさんはここではじめて自分が勘違いしてしまったことに気付きました。Aさんは車に戻り謝罪しようとしたところ、車内が揉めているようでした。
何やらIが怒っています。Kさんに対して携帯電話を見せろなどとすごんでいました。IはKさんに対して「お前の態度が気に食わん」というようなことを言っているようです。そして、後ろからは包丁」という言葉も聞こえました。どうやらIが包丁を使って脅しているようです。
Aさんは突然の出来事に何が起きたか分かりません。
そのうち、Iから「車出せ」と言われました。AさんはIが怒り出したら手が付けられない人物であることを知っていました。いつ自分もとばっちりを受けるか気がきでなりません。Iの言うことを聞かなければまずいと思い、とりあえず車を出しました。そして、Iに言われるがままに車で高速道路を走りました。
そうこうしていると、IとKさんは何やらお金を払うという話がついたようで、Iは落ち着きました。
Aさんは安堵しました。それと同時に強烈な眠気が襲ってきました。Aさんは日常的に精神安定剤を服用しており、この日も飲んでいました。その薬の作用なのでしょう。真っ直ぐに車を走らせるのもままならなくなり、事故りそうになりました。
Iから「運転を代われ」と言われ、以後はIと運転を代わりました。その後はAさんは助手席で眠り込んでしまいました。
(以下略)

(2)講師からのコメント

趙弁護士の実演について、講師から以下のコメントが寄せられた。

ア 争点はいくつかあったが、その全てを取り上げようとしないで、弁護人が一番大事と思う点(事前共謀は成立しない)に絞ったストーリーを語られていた。そのおかげで、聴く側としても、どこが一番大事なのかがよく理解できた。

イ 事前共謀を否定するために一番大事な事実(Kさんが110万円を提供してきたのに対し、Aさんが受取りを断ったこと)が、ストーリーの中に自然に盛り込まれていた。先の悪い例には、それがなかった。

4 講師からのメッセージ

講師の野原判事からは、冒頭陳述の実演についてだけでなく、裁判員裁判における弁護人の冒頭陳述一般についても、次のようなメッセージが寄せられた(順不同)。

●冒頭陳述は、争点に即したものにする必要がある。生の事実から、弁護人にとって有意な事実とそうでない事実とを選別・整理して行うことが大事である。

●冒頭陳述は、「共感されること」が大事である。神山先生は「なるほどね それがそうなら そうだろう」という標語を唱えておられるが、冒頭陳述を聴いた段階でそう思われることが大事だと思う。逆に、共感できない冒頭陳述を聴くと、「なんでだろう?それがそうでもダメだよね」と思われてしまう。これは私がひそかに考えていた標語だが、ご参考までにご紹介する。

●「なんでだろう?」と思われる冒頭陳述は、例えば、弱点に触れないものである。

●また、冒頭陳述では、共感されるストーリーを示さないと、その段階で裁判員の心が「なんでだろう?」と離れていってしまうことがある。弱点に触れるべきだという話をしたが、弱点をカバーしようとするあまり言い過ぎになってしまう冒頭陳述がその一例である。

●冒頭陳述でストーリーを語るとき、場面が切り替わる箇所では、そのことを分かりやすく示した方がよい。

●証明責任や証明基準に関する裁判員への説明は、一般論で終始してはダメで、当該事例に即して具体的にこういう合理的疑いが存在するんだ、という説明も併せて語る必要がある。

冒頭陳述の良い例・悪い例に関する講師のコメントや野原判事からのメッセージは、より良い冒頭陳述を実践するための大きな一助になると思われる。