出版物・パンフレット等

フリーランスの 法律相談実務

労働問題検討委員会は、これまでフリーランスをめぐる法律問題を継続的に検討してきた。直近では、フリーランスの法律問題を網羅的に検討した書籍『フリーランスハンドブック』を公刊するほか、厚生労働省から当会が受託した「フリーランス・トラブル110番」事業において、フリーランスからの電話・メール法律相談を受けるなどしている。令和4年3月には、当委員会内部でフリーランスの法律問題の勉強会を開催し、これまでの知見や実務経験を再度洗い出し共有を図った。本特集は、このような従前の取り組みの成果をまとめたものである。

第1部 フリーランス総論

第1 フリーランスを巡る政策の動向

1 従前の政策的議論の経緯

我が国におけるフリーランスを巡る従前の政策的議論の経緯は、概ね以下のとおりまとめることができる。

経済産業省「雇用によらない働き方に関する研究会」(平成29年3月)の議論を経て、働き方改革実行計画(平成29年3月28日閣議決定)は、非雇用型テレワークをはじめとする雇用類似の働き方が拡大している現状に鑑み、法的保護の必要性を中長期的課題として検討することとした。
厚生労働省「雇用類似の働き方に関する検討会」(平成29年10月24日〜平成30年3月30日)、「雇用類似の働き方に係る論点整理等に関する検討会」(平成30年10月〜)は、雇用類似の働き方に関する法的課題を検討し、令和元年6月18日に中間整理を行った。
このほか、未来投資会議(現在は廃止)、全世代型社会保障検討会議もフリーランスの問題を議論した。一言で「フリーランス」といっても、専門的スキルを有し自律的に働いている者もいれば実態として労働者に近い働き方をしている者もあり、その実態は多様であるため、国としてその実態を把握すべく、全世代社会保障検討会議の議論の過程でフリーランス実態調査が行われた。その結果、フリーランスと発注企業との取引において、契約書、発注書等の書面が交付されていない場合が多いことや、契約の一方的な解消、報酬不払、報酬の一方的引下げ等の取引上のトラブルが多発していることが明らかとなった1。こうした調査結果も踏まえ、令和2年6月25日の全世代型社会保障検討会議第2次中間報告、同年7月17日の令和2年度成長戦略実行計画は、フリーランスガイドライン策定の方向性を示した。また、同日に閣議決定された規制改革実施計画は、雇用類似の働き方(フリーランス等)に関するワンストップの相談窓口を整備・周知し、相談支援の充実を図る旨を示した。
令和2年12月1日の成長戦略会議「実行計画」は、多様な働き方の拡大、高齢者雇用の拡大などの観点から、フリーランスを安心して選択できる環境を整えるため、令和2年中にフリーランスガイドライン案を公表し、意見公募手続を開始するとした。
令和3年6月18日の「成長戦略実行計画」(成長戦略会議)は、書面での契約のルール化など、フリーランスに関する新法制定の方向性を示した。
現在の岸田政権発足後に初めて示された政府の政策方針である「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画~人・技術・スタートアップへの投資の実現~」及び「経済財政運営と改革の基本方針2022について」(いずれも令和4年6月7日閣議決定)では、相談体制の充実や、事業者がフリーランスと契約する際の契約の明確化など、取引適正化のための法制度について検討し、早期に国会に提出する等の方向性を示している。

2 政策的対応

上記の政策的議論を踏まえ、これまで次の政策的対応が実現している。

① フリーランス・トラブル110番の設置(令和2年11月25日)(令和2年度規制改革実施計画に基づく)
② 「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」(以下「フリーランスガイドライン」という。)の策定(令和3年3月26日)
③ 労災保険の特別加入の拡大
・ 芸能関係作業従事者、アニメーション制作作業従事者、柔道整復師、創業支援等措置に基づき事業を行う者(令和3年4月1日から)
・ 自転車を使用して貨物運送事業を行う者、ITフリーランス(令和3年9月1日)

このうち①フリーランス・トラブル110番事業は、全国で唯一、当会が厚生労働省から受託して運営している。令和2年11月25日の事業開始以来令和3年11月末までの1年間で約4000件近く(1か月平均約330件)もの多数の無料電話・メール法律相談を受けたことを受けて、令和4年度から相談員を増員しており、現状はさらに相談件数が増加している。それとともに、紛争解決手続として「和解あっせん手続」も提供しており、令和3年1月から令和4年6月頃まで、約200件もの和解あっせん手続の申立てがあった。フリーランスの利用者の高い満足度と期待の大きさを十二分にうかがわせる実績であり、今後当該事業とそれを担う当会の役割はますます重要になるものと自負している。
今後は、フリーランスに関する新法が制定される可能性が高いものと思われ、引き続き状況を注視する必要がある。

第2 フリーランスの定義とフリーランスガイドライン

1 フリーランスの定義

「フリーランス」という語の法律上の定義は存在しないが、広義に定義するとすれば、一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会(フリーランス協会)といった関連団体、各種書籍、ウェブサイトなどにおける定義を要約すると、「特定の団体等との関係で専属的な関係を有しておらず、独立した個人として自らの技能を活かし業務を提供する個人」といった定義になると考えられる。
フリーランスガイドラインは、より狭く、「実店舗がなく、雇人もいない自営業主や一人社長であって、自身の経験や知識、スキルを活用して収入を得る者」と定義している。このうち「実店舗がな」いとの要件については、「専用の事務所・店舗を設けず、自宅の一部で小規模に事業を行う場合は「実店舗」に区分しないこととし、共有型のオープンスペースであるコワーキングスペースやネット上の店舗も実店舗としない」との補足説明を加えている。また、「雇人もいない」との要件については、「従業員を雇わず自分だけで又は自分と同居の親族だけで個人経営の事業を営んでいる者とする」との補足説明を加えている。これらの説明によれば、たとえば、小さな専用事務所で血縁関係のない1~2名の事務員を抱えている工務店事業者はフリーランスから除外されることとなる。
しかし、後述するとおり、フリーランスガイドラインは、何か新しい規制を設けたものではなく、単に既存の法制度の適用関係を明らかにしたものにすぎない。フリーランスガイドラインの定義する「フリーランス」に厳密には該当しない者であっても、後述する既存の法制度の適用関係が特に変わるものではないから、同ガイドラインの定義に拘泥する必要性は乏しいであろう。

2 フリーランスガイドラインと既存の法制度の適用関係

フリーランスガイドラインは、事業者(仲介事業者を含む。)とフリーランスとの取引について、独禁法、下請法、労働関係法令の適用関係を明らかにすることを目的とする(第1・3段落目)。具体的な各法の適用関係は以下のとおり整理され、労働関係法令が適用される場合には独禁法と下請法は問題としないとしている(第2・2)。

例えば、独禁法については優越的地位の濫用(同法2条9項5号イ~ハ)に該当する行為を12類型で説明し、下請法については独禁法における優越的地位の濫用に該当する事項を下請法第4条に引き直して説明を加えている。また、労働関係法令については、労基法上・労組法の労働者性の判断基準、判断要素、事案を説明している。

第3 フリーランス・トラブル110番の相談現場の実情

もっとも、以下に述べるとおり、フリーランス・トラブル110番の相談現場における筆者らの実務経験からすると、フリーランスガイドラインの記載は必ずしも十分にフリーランスの法律問題にアプローチしているわけではない実態も浮かぶ。

1 労働法

フリーランスガイドラインは、労基法上・労組法上の労働者性の判断基準、判断要素、事案を説明しているが、フリーランス・トラブル110番の相談現場では、労働者性が直接問われる事案は当初の想定よりは少ない印象である。実例として比較的多いのは、事業者が労働者との間の雇用契約を締結した後に、契約形態を業務委託契約に変更し、労働法が適用されない過酷な勤務条件(勤務時間・報酬額等)の下でフリーランス(元労働者)をして業務に従事させているという事案である。こうした事案では、契約変更後も労働者であったときと勤務実態が同一であることが多いため、労働者性を肯定する余地があるものと思われ、例えば、雇用契約の終了について解雇権濫用法理で争うことが考えられる。

2 競争法

フリーランスガイドラインは、独禁法と下請法の適用関係をかなり詳細に記載しているが、フリーランス・トラブル110番の相談現場では、両法の活躍の機会は多くないように感じられる。その原因として大きく以下の二点が考えられる。
一点目は、下請法の適用条件の問題である。事業者側も零細事業者であるケースが相談の多数を占めるため、事業者の資本金が1000万円超であるという同法の適用条件(同法2条7項)を充足しない場合が多い。
二点目は、独禁法における優越的地位の濫用条項(同法2条9項5号)の適用が現実的ではないという問題である。優越的地位の濫用における地位の優越性は相対的優越で足りるため、その意味では下請法よりは適用範囲が広いといえるが、公正取引委員会が実際に事件として取り上げる事案は、当該事業者が多数の取引の相手方に対して組織的に不利益を与える場合等、社会的な影響が大きいものに限られる(いわゆる行為の広がり論)。そのため、同条項の適用によって、個々のフリーランスが現実に救済される可能性は低いのが実情である。

3 民商法

フリーランスガイドラインは、民商法の適用関係に何ら触れるところはないが、フリーランス・トラブル110番の相談現場では、民商法の適用を検討することが多い。
特に民法との関係では、報酬の未払事案が圧倒的多数を占める。
事業者側からの契約解除の相談も多いが、それと同等以上に、フリーランスから契約を解消したいとの相談が非常に多いことには驚かされる。フリーランスから契約を解消する場合、事業者側に明白な債務不履行が認められないケースも多く、準委任契約の場合には任意解除の規定(民法651条1項)を用いるか、さもなくば合意解約の選択肢しかないのではないかと悩むこともある。準委任契約の任意解除の場合、解除者の損害賠償義務(民法651条2項)の有無も検討することとなるが、例えば、「報酬額が実質的に最低賃金以下なので辞めたい」とか、「休日が殆どなく、心身ともに辛いので辞めたい」といった相談の場合、これが「やむを得ない事由」(同ただし書)に該当するのか判断が難しいように感じている。なお、契約を締結してから日が浅い段階でトラブルになったケースが多数を占めるため、債権法改正前の民法の適用事案は少ない。
契約書が作成されている場合には、当該契約書の内容が民商法に優先されることとなるが、フリーランス・トラブル110番の相談では、契約書が作成されていないケース、契約書等があってもその内容が不明確であるケース、契約書の条項が公序良俗違反等として無効ではないかと思われるケースをよく目にする。

4 消費者法

フリーランスガイドラインは、フリーランスに対する消費者法の適用関係に触れるところはないが、消費者法の適用は一般には困難であろう。例えば、消費者契約法は、労働者性がある場合には適用除外となり(同法48条)、労働者性がない場合にも、フリーランスは「消費者」(同法2条1項)に該当しないため、同法の適用は難しいものと思われる。
ただ、フリーランスが事業者からワープロ研修という役務の提供を受けて修得した技能を利用し、在宅ワークとしてワープロ入力を行うケースや、事業者がフリーランスに軽トラックを購入させた上で運送業に従事させるケース等においては、特商法の業務提供誘引販売取引(同法51条以下)に該当するとして、同法の適用可能性を検討する余地はあるのではないかと考えられる。

5 紛争解決手続

フリーランスガイドラインは、紛争解決手続にも触れるところはないが、フリーランス・トラブル110番の相談現場ではこれも重要である。相談で最も多い類型である報酬の未払事案だけを例にとっても、どの手続を選択するかは非常に難しい問題であるとの印象がある。 一般的には、弁護士等に依頼しなくても選択しうる少額訴訟(民訴368条以下)、支払督促(同法382条以下)、フリーランス・トラブル110番の和解あっせん手続、内容証明郵便の送付が挙げられるが、フリーランスの請求が認められる可能性の程度、事業者に対する執行可能性、通常訴訟への移行可能性、和解あっせん手続に事業者が同意しない可能性等、考慮すべき事項は様々である。そもそもフリーランスが事業者の住所を知らないというケースもあり、法的手続を履践すること自体が困難なケースもある。

第2部 システム・ウェブ開発フリーランスの諸問題

第1 相談事例の傾向

システム・ウェブ開発のフリーランスは、フリーランス・トラブル110番において最も相談の多い業種の一つである。フリーランス・トラブル110番における令和3年5月から同年11月までの相談事例のうち、フリーランスの業務が「システム・ウェブ開発」であったものを筆者らが集計した結果が、以下のとおりである。

1 契約書の有無について

契約書の有無については、下表のとおり、契約書ありとなしがほぼ拮抗した結果となった。

このうち、報酬不払の相談における契約書作成の有無を集計すると、契約書があるケースが26件、ないケースが24件であった。筆者らの当初の想定では、契約書を締結しないケースが多いと推測していたが、必ずしもそれは正しくないことになる。

2 相談内容の傾向

下表のとおり、報酬の全部不払、一部不払、発注者からの損害賠償請求、納品前後に何度もやり直しを命じられる(無限やり直し)事例、その他に分類した。

なお、「その他」の相談には、著作権の帰属・侵害、ハラスメント、競業避止義務関係、契約締結前段階でのご相談、契約解除への対応、労働者性に関する相談等がみられた。

(1)報酬の不払について

報酬の全部不払が52件、一部不払が24件となっており、報酬の不払に関する相談が全体の37.8%を占めている。
このうち、専ら回収方法に関するアドバイスのみを行っている事例も多い。これらのケースは、理由のない報酬不払である可能性が高いため、相談現場では、裁判外での解決が困難であれば、契約書の有無等の証拠関係や請求額などを見極めながら、少額訴訟、和解あっせんの手続などを適宜選択して勧めることが多い。
報酬不払に理由があるケースは、不払の理由を掘り起こしてみると、背景にいわゆる追加発注の問題、無限やり直し問題等が存在することも多い。  
   
(2)無限やり直し問題、追加発注問題等について

いわゆる無限やり直しに関する相談は14件で、全体の約7.0%を占めていた。システム・ウェブ開発に特徴的な点と思われる。

(3)発注者からの損害賠償に関する問題について

発注者からの損害賠償に関する相談は19件で、全体の約9.5%を占めていた。
相談内容を見ると、長期間の解約予告期間や高額の損害賠償額の予定条項が問題になるケースは見られなかった。現在紛争は顕在化していないものの、発注者からの将来の損害賠償請求を懸念している、という相談も目立った(4件)。

第2 システム・ウェブ開発案件における労働者性

1 労働者性の判断要素

フリーランスガイドライン第5・2は、労基法上の「労働者」性は以下の要素で判断するとしている。
(1)「使用従属性」に関する判断基準
①「指揮監督下の労働」であること
a.仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無
b.業務遂行上の指揮監督の有無
c.拘束性の有無
d.代替性の有無(指揮監督関係を補強する要素)
②「報酬の労務対償性」があること
(2)「労働者性」の判断を補強する要素
①事業者性の有無
②専属性の程度

以下、上記要素のうちシステム・ウェブ開発案件に特有と思われる事情を述べる。

2 業務遂行上の指揮監督の有無

システム・ウェブ開発の局面では、契約の時点でエンジニアが行うべき業務の内容・成果物の内容が固まっておらず、その後のコミュニケーションの中でそれらの内容が固まっていくということが少なくない。しかし、事案によっては、契約書において「...業務全般」としか業務を特定せず、具体的な作業が逐一発注者から指示されるということもあり、特にその指示が具体的な作業方法にまで及ぶものであれば、業務遂行上の指揮監督があったとされて、使用従属性が認められる可能性が高くなるとも考えられる。

3 拘束性の有無

システム・ウェブ開発の局面では、エンジニアが客先にてビジネスアワーで常駐するというケースがある。それがどのような意図によるものかはエンジニアの立場からは必ずしも明らかではないが、結局は、実際に指揮命令と評価されるような指示がされているか次第で「使用従属性」の有無が決まるように思われる。

4 代替性の有無

システム・ウェブ開発の局面では、発注者としては当該フリーランスのスキルを見込んで発注をする(第三者への再委託は許容しない)というケースが多いように思われ、代替性は基本的にはないと思われる。

5 報酬の労務対償性

フリーランスガイドラインは、「報酬の労務対償性」を肯定する要素として、報酬が作業時間をベースとしている場合、仕事の結果如何にかかわらず、仕事をしなかった時間に応じて報酬が減額されたり、いわゆる残業によって報酬が増額されたりする場合などを挙げている。
システム・ウェブ開発の局面では、主に請負で受託する場合と準委任で受託する場合の2類型が考えられる。特に後者では、具体的な成果物が観念できないことが多い場合には作業時間のベースに報酬を請求せざるを得ないことが多いように思われるが、それは契約の性質によるものであって、これをもって直ちに「指揮監督下での労務提供の対価」という性質が認められるということにはならず、結局は、「指揮監督下の労働」の諸要素次第になると考えられる。

第3 システム・ウェブ開発案件における仕事の完成

1 問題の所在

発注者が、受注者から納品を受けた後に、仕事の完成がなされていないとして当該受注者に対しやり直しを求め、報酬の支払を拒否しているという相談事例が、フリーランス・トラブル110番に寄せられている。
請負契約では、契約で定めた仕事が完成したことが報酬請求の要件となっているため、納品した成果物が完成しているといえれば、基本的には受注者は発注者に対し報酬を請求することができる。そこで、何をもって仕事の完成とするか、すなわち仕事の完成の判断基準が問題となる。
なお、仕事の完成がないと主張する発注者側の言い分としては、①当初仕様との相違(ⅰ内容が気に食わない・イメージしていたものと異なる、ⅱ追加機能の実装がなされていない)、②バグが発生している等が考えられるが、フリーランス・トラブル110番の令和3年5月から同年11月までの相談事例を概観すると、①当初仕様との相違のみであり、②バグが発生していることを理由にやり直しを求められているという相談は、管見の限り見当たらなかった。

2 仕事の完成の判断基準

ソフトウェア開発を目的とした請負契約におけるシステムの完成について、裁判例は、特段の事情のない限り、仕事が当初の請負契約で予定していた最後の工程まで終えているか否かを基準として判断すべきとしている(東京地判平成14年4月22日判タ1127号161頁等)。

3 ホームページを制作する場合の作業工程の特定

契約書に各工程が明記されている場合は、その最後の工程まで終わっているか否かを確認すればよいのに対し、そうでない場合には、まず、当初の契約で予定されていた工程が何かを確定させなければならない。
フリーランス・トラブル110番の令和3年5月から同年11月までの相談事例を概観すると、ホームページ制作に関するものが大半を占めていたことから、ホームページ制作を行う場合の作業工程をみてみると、一般的なホームページを制作する手順及び裁判例(東京地判平成23年5月23日判例集未登載(平成22年(レ)第706号・平成22年(レ)第2087号))からすれば、①サイトマップの作成、②ライティング(掲載文章)の制作、③トップデザインの制作、④コーディング(全ウェブサイトの作成)の各工程を完了すれば、仕事を完成させたといえると考えられる。

4 仕事の完成前に発注者が完成を妨げた場合

フリーランス・トラブル110番の過去の相談事例において、受注者が完成手前のものを発注者に納品したが、完成手前でツール権限が奪われ、完成できないでいるという相談が見受けられた。
東京地判平成27年3月4日判例集未登載(平成25年(ワ)第22426号)は、最後の工程として、発注者側の最終確認を経た上でサーバーへアップすることが予定されていたとしても、最終確認前までの作業を全て完了し、成果物たる本件ホームページが契約で約定された仕様・性能を客観的に満たす状態になっていたにもかかわらず、発注者側が合理的な理由なく最終確認が行われなかったことにより、サーバーへのアップが行われなかったという事情について、仕事の完成を認めるべき特段の事情に該当すると判示しており、参考になる。

第4 報酬不払事例の紛争予防の視点

システム・ウェブ開発に関連してフリーランス・トラブル110番に寄せられる相談でも、報酬不払の事例は最も多いため、その紛争予防策を検討する。
フリーランスの事例ではないシステム・ウェブ開発の事案では、企画設計の段階で、仕様を確定した上で、合意内容を契約書上又は付随する書面で明確に書面化しておくことが基本であり、一定規模以上の事案ではそのような対応が当然になされている。その際の契約書には、仕様(委託業務の内容)の外、委託料、委託業務の期間、発注者提供資料、成果物、納品期限、納品場所・納品方法、検査期間、支払期限・支払方法等の基本的な要素について具体的な内容を定めることが通常である。
ところが、フリーランス・トラブル110番の相談事例では、フリーランスが一人で受注する簡易な案件であり、また、受注者と発注者の力関係に差があるため、契約書を締結していなかったり、発注書・発注請書のやりとりはあるものの、具体的な仕様・作業内容の詳細や報酬の額・算定方法等を定めていなかったりするケースが非常に多い。結果として、業務内容が不明確となってしまい、追加発注問題・無限やり直し問題が発生することとなる。また、もう一つの特徴として、報酬が安すぎるため法的手段に訴えることが難しい(事実上、本人での少額訴訟か和解あっせん手続に限られてしまう)といった事情もあげられる。
そのため、フリーランスからの相談現場では、発注者に任意に報酬を支払ってもらうことを目指しつつ、支払ってもらえない場合、少額訴訟や和解あっせんに備えて最低限の契約内容がわかる証拠を残すという視点が重要となる。
一つの方法として考えられるのは、委託業務に関する発注者・受託者間での協議結果を簡潔に書面にまとめ、注文の内容を確認する趣旨で、メール等で送付する方法である。書面の内容としては、仕様(委託業務の内容)を中心とし、最低限、上記で述べた委託料等の基本的な要素を列挙することが考えられる。あくまで受託者から発注者に対して注文の内容を確認する趣旨で一方的に送付するものであり、証拠としての価値がどこまで認められるかは問題となるところではあるが、実際の事案では、契約内容がわかる具体的な書類が何もないことも少なくなく、また、受注者と注文者の力関係から詰めた契約交渉を行うことが困難であることも多いから、最低限の労力で契約内容の基本部分を証拠化しておくことには一定の意味がある。
仕様(委託業務の内容)を特定できれば、受注者としては確定した仕様に合致した製品を納品したと主張しやすくなるとともに、発注者も理不尽な要求を出しにくくなることで任意の支払を促すことが期待でき、また、将来の少額訴訟や和解あっせん手続における解決指針となることも期待できるように思われる。

第3部 配送フリーランスの諸問題

第1 運送業界の全体像2

運送業界は、市場規模年間14.5兆円(2015年)の業界であり、その90%超を自動車による貨物運送が占めている。宅配便に絞って概観すると、取扱個数は2015年に約37億個であったものが、2020年には約47億個に増加しており 3、これにより運送業界は人手不足に陥っていると言われている。運送業務は元請け→下請け→孫請け→配送フリーランス、というピラミッド構造となっており、フリーランス・トラブル110番に相談される多くのケースは、「ラストワンマイル(お客様へ商品を届ける区間)」、すなわち上記の孫請けと配送フリーランスとの間のトラブルである。Uber Eats等食料品の配送フリーランスのトラブルも多くの相談がなされるが、「ラストワンマイル」のトラブルとして、その構造は同様である。
配送フリーランスの契約は、「荷受人への荷物の配送」=「仕事の完成」を目的としていると捉えると、民法上は「請負」であるともいいうる。4しかし、荷受人不在時に不在連絡票により通知した上で荷物を持ち帰っても報酬請求権が発生するような場合には、配送フリーランスの契約は、宅配便約款記載の配送事務の委託を内容としていると考えられる。フリーランス・トラブル110番の相談事例ではこのような場合が多く見受けられるため、本稿では準委任契約であることを前提に解説する。

第2 労基法上の労働者性

配送フリーランスを巡る法律問題は後述するが、そもそも配送フリーランスが労基法上の労働者に該当すると判断されれば解決する問題は少なくない。例えば、配送フリーランスの交通事故や誤配、契約期間内の解約を理由とした違約金の定めは無効となるし(労基法16条)、発注者による契約の一方的解約も基本的に無効となる(労契法16、17条)。
それでは配送フリーランスは労働者といえるか。配送フリーランスといってもその契約内容は様々であるが、フリーランス・トラブル110番の令和3年5月から同年11月までの相談事例から見える配送フリーランス像は、大要次のようなものである。すなわち、業務に用いる車両を所有している者は少なく、ほとんどが委託者又は第三者名義の車両を使用し、その対価が報酬から控除されている。ほぼすべての事案でガソリン等の経費をフリーランスが負担している。就労日や就労時間が指定され、1日10時間前後の就労を週に5日から6日にわたり行っている者もいる。報酬額は様々ではあるが、おおよそ額面額で10万円台から40万円台に収まっている。中には、GPSによって常時位置を把握され、また、AIによって最適化された通路を経由して配送業務に従事している者もいる。
このように見ると、配送フリーランスは、必ずしも発注者から独立して業務に従事しているわけではなく、むしろ発注者の手足となって役務を提供していると評価できる場合も少なくないと思われる。なお、実務上労働者性の判断に用いられる労働基準法研究会報告書は、「傭車運転手」は「高価なトラック等を自ら所有するのであるから、一応、「事業者性」があるものと推認される」としているが、これと比較しても、自ら車両を所有していないことの多い配送フリーランスの事業者性は大きいとはいえないだろう。
そうすると、現在非労働者と扱われている配送フリーランスの中には、労基法上の労働者に当たると判断される者が相当数存在するものと考えられる。
第3以下では、労働者性がない場合を主として念頭において解説する。

第3 配送フリーランスによる費用負担

1 フリーランス・トラブル110番の相談の実情

フリーランス・トラブル110番の令和3年5月から同年11月までの相談事例では、自動車のリース料、ガソリン代、高速道路料金等の費用をフリーランスが負担する旨契約で定められ、報酬から控除される例が極めて多い。それによって、契約前に想定していたよりも手取報酬が少ない、控除される費用の金額に疑義がある等の相談が寄せられる。また、契約に定めがないにもかかわらず、退職を申し出た途端に発注者から「費用」名目で金銭を請求されるという相談もある。

2 費用負担の準則

準委任契約の場合、「受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる費用を支出したときは、委任者に対し、その費用及び支出の日以後におけるその利息の償還を請求できる」(民法650条1項)。したがって、契約で何ら費用負担に関して定められていない場合には、発注者が報酬から費用を控除することはできず、フリーランスが既に支出した費用は発注者に請求できるというべきであろう。
他方、契約書においてリース料等がフリーランスの負担と明記されるなど、契約に定めがある場合には、フリーランスが費用を負担することにならざるを得ないのが原則であろう。公序良俗ないし信義則に違反する場合はあり得るが、その判断はケースバイケースというほかない。

3 交通事故による損害の負担の問題

次に、配送フリーランスが業務を遂行する中で、フリーランスの過失により交通事故を発生させ、発注者が自動車の修理代等の損害を被ることがある。その場合、配送フリーランスは、契約に定めがない場合には、民法415条又は709条に基づき損害賠償義務を負う可能性があり、契約に損害賠償の予定に関する定めがある場合には同規定に基づき賠償義務を負う可能性がある。フリーランスからは、発注者からの修理費等の請求への対応を相談されることがある。
労働者が職務遂行に当たり使用者に損害を生じさせた場合には、労働者は使用者に対し損害賠償義務を負うことがあるが、危険責任の原理及び報償責任の原理から、労働者の損害賠償責任は限定されるものと解されている(最一小判昭和51年7月8日民集30巻7号689頁)。この法理は、労働契約関係でなくても、一定の使用従属関係が認められ労働契約類似と評価できる場合など、危険責任の原理及び報償責任の原理が妥当する場合には、適用すべきであるという論理は成り立ちうる。また、判例は被用者(民法715条)から使用者への逆求償を認めており(最二小判令和2年2月28日民集74巻2号106頁)、この法理も労働契約のみに限定されるものではなく、少なくとも労働契約類似の関係にも適用されるものと考えられる。
この観点からみると、少なくとも発注者と配送フリーランスが労働契約類似の契約関係といえる場合には、配送フリーランスの職務遂行に当たり生じた損害について、発注者の配送フリーランスに対する損害賠償請求は限定されるべきであるし、フリーランスが第三者に生じた損害を賠償した場合、発注者に対して当該損害の全部又は一部の支払を求めることができるというべきである。
そのほかにも、損害賠償の予定に関する定めが公序良俗に違反するなどの主張も考えられるが、紙幅の関係上、詳細は割愛する。
なお、相談の中には、退職を申し出たフリーランスがいわれのない修理費を請求されたという事案もあるが、そもそも損害の発生が立証されない場合に、フリーランスが発注者に対して損害賠償義務を負わないことはいうまでもない。

第4 誤配と損害賠償

配送フリーランスから、誤配を理由に損害賠償を請求されているという相談を受けることがある。
発注者の損害賠償請求には、違約金条項に基づいているものとそうでないものがある。フリーランス・トラブル110番の令和3年5月から同年11月までの相談事例では、誤配1件につき3万円の違約金条項が定められていた事案、受取主への代替品交付費用の賠償を求められた事案などがある。
誤配した荷物を回収できた場合はともかく、紛失した場合にまで1件3万円程度の損害賠償予約の効力を否定できるのかには疑問もあるが、実損額との乖離を指摘して違約金条項の効力を制限した裁判例は、事業者間契約のケースでも少なくない5
フリーランス・トラブル110番の令和3年5月から同年11月までの相談事例を見る限り、荷物1個あたりの報酬は、通常の荷物で100~170円、小荷物で40~50円に分布している。報酬との均衡という観点からすると、機械的に1件3万円といった違約金を定める条項の合理性には疑義がある。また、説明の欠如や優越的地位の濫用を違約金条項の効力の考慮要素として指摘した裁判例、紛失と遅延を同視することを否定した裁判例もある6。相談実務では報酬と違約金の額との均衡のほか、こうした裁判例を踏まえて回答を考えることが必要である。
違約金条項がない場合はもちろん、違約金条項がある場合も、過失相殺まで否定されるわけではない7。裁判例の中には、注文者が余計なコストをかけたくないという意向を持っていたことを過失相殺の類推適用の根拠としたものもある8。過酷な稼働実態が誤配の原因となっているような事案では、損害の公平な分担という観点から、過失相殺を主張することも考えられる。

第5 元請に対する支払請求

元請の支払がないなど、下請の資力の不足を理由に報酬を支払ってもらえないという相談がある。
元請の支払がない場合には、下請に対して債務名義を取得し、下請の元請に対する報酬債権を差押えて回収することになる。
他方、元請から下請に対して既に報酬が支払われている場合、現行法の枠内で配送フリーランスの救済を図ることは困難である。
立法論として、配送業と同じく多重請負構造がとられている建設業を参考に、元請事業者への立替払の勧告制度(建設業法41条3項)と類似した仕組みを導入することも考えられる。

第6 フリーランスからの契約解除に関する課題

1 フリーランスからの契約解除の可否

不慮の事故により体調不良(けが、心身の不調)となり、来月以降仕事を続けられなくなったが、フリーランス側から契約解除は可能か、損害賠償義務を負うか、という相談を受けることがある。
民法は、委任は当事者間の特別な人的信頼関係に基づくものであり、その信頼関係が少しでも廃されるならば契約を継続させる意義が乏しいため、一方当事者がいつでも解除しうるとしている(651条)。受任者側からの契約解除権は、今まであまり関心が高くなかったが、肯定する見解が主であるようである9。この見解によれば、受注者の契約解除は可能であり、あとは損害賠償の問題ということになる。そして、651条2項ただし書の「やむを得ない事由」には、受任者の疾病が含まれるとされている10ので、このようなケースでは損害賠償義務を免れる可能性が高いといえる。

2 解除予告期間・解除に伴う違約金発生条項がある場合

次に、フリーランスが一身上の都合により契約を解除したいが、業務委託契約書には契約解除について数か月前に申告するように記載されており、違反した場合には一定額の違約金が発生する旨が記載されている、との相談を受けることがある。いわゆる損害賠償の予定条項であるが、非常に悩ましい相談である。
契約自由の原則に基づけば、当該条項は有効とされる。しかし、配送フリーランスの報酬体系や働きぶりを考えると、配送フリーランスの犠牲において委託者が不当に利益を受けているともいいうるため、この原則を杓子定規に当てはめることは不当とも考えられる。当該条項の効力を制限する法理論として、以下のものが考えられる。

① 優越的地位の濫用(独禁法2条9項5号ハ)、一方的な報酬の減額(下請法4条1項3号)であるとして、当該契約を無効とする。
② 労働者の自由な意思論(意思表示が「自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」ことを考慮する理論)11を配送フリーランスに準用する。
③ 公序良俗(民法90条)違反論・・・暴利行為又は著しく不公正な内容の契約条項として当該契約を無効とする12

詳細は紙面の関係上割愛するが、どの法理論も具体的な事例では決定打に欠けると考えられる。したがって、この事例を解決するためには、フリーランス新法の内容として、当該契約を無効とする規定を盛り込むことが必要と考えられる。また、新法成立前後を問わず、和解あっせん手続によって衡平な解決を図ることも有効な選択肢となるであろう。

第4部 マッチング業者の諸問題

第1 マッチング業者とは

近年、フリーランスと発注者とを繋ぐマッチング業者が増加しているが、労働者のマッチング業者(派遣業者や職業紹介業者等)に対する派遣法や職業安定法に相当するような法的規制は、現在、何も存在していない13。 フリーランス、発注者、マッチング業者間の法律関係には、以下の3パターンがあると整理される14

1 再委託型

発注者がマッチング業者に対して業務を委託し、マッチング業者は自らが受託した業務をフリーランスに再発注・再委託する類型である。マッチング業者の受託者・委託者としての権利義務関係が契約上明らかなため、責任の所在も明確である15

2 媒介型(仲介型・あっせん型)

マッチング業者が、フリーランスと発注者との間の契約成立を媒介・あっせん16する類型であり、マッチング業者は業務委託契約の当事者とはならない。

3 プラットフォーム型(クラウドソーシング型)

マッチング業者は、フリーランスと発注者のマッチングのための「場」(プラットフォーム)の提供のみ行う。媒介・あっせん行為は行わず、業務委託契約の当事者とはならない。

4 契約類型・契約当事者性の判断

媒介型とプラットフォーム型は、契約成立に対するマッチング業者の関与度の大小で区別される。裁判例17では、単にシステム上、機械的・自動的にマッチングが行われるだけでは、「他人間の法律行為」の締結のために「尽力」したとはいえず、媒介に当たらず単なる場の提供であると判断されている。媒介と判断されるのは、フリーランスと発注者との契約締結に向けた生身の人間による人的関与がサービスの主要部分を占める場合と考えられる。
なお、昨今増加しているフードデリバリー業者の多くは、利用規約等において、自社はあくまでも飲食店と配達員をつなぐプラットフォーム型事業者であるとの立場を取っている18が、多くの事業者は配達員に対する報酬を含む契約条件を全て自社で決定しており、事業者がアプリ上で指定したルート以外で配達すると報酬が減るケースもある等の実態を考慮すると、むしろ再委託型であると考えるべきケースもあるように思われる。

第2 「直受け禁止」と独禁法上の問題点

1 「直受け禁止」と専属義務

「直受け禁止」とは、マッチング業者のサイト経由でマッチングした発注者とフリーランスが当該サイトを介さずに契約することを禁止することをいう。マッチング業者がフリーランスに課す種々の制約のうち、フリーランス・トラブル110番に寄せられた相談事例には、直受け禁止に関するものも含まれている。
直受け禁止の独禁法上の問題点を検討する上では、より広範な制約である専属義務の独禁法上の問題点との対比が有用である。専属義務とは、マッチング業者とフリーランスとの関係においては「マッチング業者が、フリーランスに対し、他のマッチング業者への登録を禁止するなどして自己を通じてのみ取引する義務」を課す場合ということができる19

2 専属義務や直受け禁止の独禁法上の問題点

マッチング業者がフリーランスに対し直受けを禁止したり専属義務を課したりすることは、独禁法上、優越的地位の濫用にあたるかどうかが主に問題になる20
マッチング業者がフリーランスに対して優越した地位にあるとは、フリーランスにとってマッチング業者との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため、マッチング業者がフリーランスにとって著しく不利益な要請等を行っても、フリーランスがこれを受け入れざるを得ないような場合である21
仮にマッチング業者がフリーランスに専属義務を課すとした場合、マッチング業者によるフリーランスへの育成投資の回収22、マッチング業者を通じた取引についてのフリーライドの防止、営業秘密等の漏洩防止等を目的とすると考えられ、かかる目的のために合理的に必要な範囲で制約を課すことが独禁法上問題となることは少ないと思われる。しかし、取引上の地位がフリーランスに優越しているマッチング業者が、一方的に合理的に必要な範囲を超えて専属義務を課す場合で、フリーランスが、今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、優越的地位の濫用として違法となり得る(独禁法2条9項5号、19条)23
直受け禁止の場合、一般的に専属義務よりも制約の程度が軽いと考えられることから、その違いを考慮に入れる必要がある。とりわけ、仲介サイト利用の結果として受発注に結びついたのであれば、マッチング業者による育成投資回収やサイト利用料の支払確保の方法として、当該受発注部分について直受けを禁止することは、合理的に必要な制約とも考え得る。他方、当該受発注部分を超えて、再契約の制限や退会後の永続的な制限にまで合理性が認められるかは慎重な検討が必要と思われる。また、個々のフリーランスの供給能力の限界を考えれば、直受け禁止が事実上専属義務を課すのと同様の効果を持つ場合もあり得ることから、当該フリーランスの供給する業務の性質や供給能力も考慮に入れる必要があると思われる。

第3 独禁法違反に対する民事的救済

1 契約の無効主張

独禁法に違反する契約が常に無効となるわけではない(最二小判昭和52年6月20日民集31巻4号449頁)が、無効と認められることも多い。独禁法違反の契約の民事上の効力を争う場合には、民事法上の一般条項(民法1条2・3項、90条等)の適用を通じて、独禁法違反を評価根拠事実として主張立証することとなる。

2 不法行為に基づく損害賠償請求

民法上の不法行為(709条)に基づく損害賠償請求は、独禁法違反に基づく損害賠償請求において用いられる主要な法律構成である。独禁法違反行為が認められれば、通常は故意過失も認められる。

3 独禁法25条に基づく無過失損害賠償請求

独禁法25条は、独禁法違反行為をした事業者に対し、無過失の損害賠償責任を認めており、不法行為に基づく損害賠償請求と併存し得る。他方、排除措置命令等の確定が前提となるため、実際に利用できる場面は不法行為に基づく損害賠償請求よりも少ない。消滅時効は、排除措置命令等の確定から3年のため、不法行為よりは有利な面があり得る。

4 独禁法24条に基づく差止請求

不公正な取引方法により「利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある」被害者は、これによって「著しい損害を生じ、又は生ずるおそれがあるとき」は、行為者である事業者又は事業者団体に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
但し、「著しい損害」の要件により損害賠償請求を認容する場合よりも高度の違法性が要求されることから、認容されるハードルは高い。

第4 約款論によるマッチング業者との契約の争い方

1 定型約款への該当性とみなし合意

マッチング業者が定める利用約款等を根拠にフリーランスがマッチング業者から損害賠償請求等を受けた場合、民法の定型約款の規定を根拠として争うことが考えられる。
マッチング業者が定める利用規約等は、マッチング業者の仲介サイトを通じてマッチング業者が不特定多数のフリーランスを相手として行う「定型取引」において、契約の内容とすることを目的として当該マッチング業者により準備された条項の総体たる「定型約款」(民法548条の2第1項)、に該当し得る。
そして、「定型取引...を行うことの合意...をした」フリーランスは、定型約款の個別の条項についても合意したものとみなされ得る(民法548条の2第1項)。

2 みなし合意規定の例外

しかし、定型約款のうち、「相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第1条第2項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったもの」とみなされる(民法548条の2第2項)。例えば、利用規約に独禁法違反がある場合、信義則に反するとしてみなし合意の例外を主張し得る。

第5 マッチング業者が介在する場合におけるマッチング業者に対する請求

1 発注者に対する請求が困難な場面

マッチング業者が介在していても、再委託型以外の場合、フリーランスの契約の相手方は発注者であるから、トラブルがあった際、まずは発注者に対する請求を検討することになる。媒介型の場合、あっせん成立後の契約締結行為や細かい依頼内容の連絡等は発注者から直接行われることが多く、発注者の連絡先が不明なケースはあまり生じないが、プラットフォーム型の場合は、プラットフォーム上でのやり取りしかないことが多く、当該プラットフォームから相手方が退会すると連絡先が分からない24、プラットフォーム上でニックネームしか表示されず、発注者の実際の氏名・社名すら不明というケースがあり得る。マッチング業者によっては、契約当事者間のトラブルには一切関与しないと明示していたり、発注者の連絡先を照会してもマッチング業者が情報開示に応じないケースもある。
このような場面では、発信者情報開示請求(プロバイダー責任制限法4条25)も使えないことが大半であり、また、案件規模やフリーランス自身の資力に照らし弁護士にも依頼できない(弁護士法23条照会も使えない)ことも多く、結局、発注者に対する請求は断念し、マッチング業者に対する請求を考えざるを得ないケースも多いと思われる。
媒介型では、媒介契約に基づく請求及び商法549条を含む仲立人の責任に基づく請求が考えられる一方で、プラットフォーム型では、仲立人の規定に依拠することは困難であり、フリーランス・マッチング業者間に利用規約以外に何らの契約も存在しないため、請求の法的根拠・構成が特に問題となる。以下では、主にプラットフォーム型を念頭に論じる。

2 信義則上の義務に基づく請求

マッチング業者は、仲立人に該当しない場合でも、仲介サイトの管理者としての信義則上の義務から、報酬相当額の支払義務を負う可能性がある26

3 不法行為責任に基づく請求

現時点では、プラットフォーム型マッチング業者の不法行為責任について判示した裁判例は見当たらないが、システム提供主体には、一定の問題のないシステムを構築する義務があるとして、当該義務違反による不法行為責任を認めた裁判例27は参考になる。
また、電子商取引及び情報財取引等に関する準則(経済産業省、令和4年4月版)は、インターネットショッピングモール運営者につき、「重大な製品事故の発生が多数確認されている商品の販売が店舗でなされていることをモール運営者が知りつつ、合理的期間を超えて放置した結果、当該店舗から当該商品を購入したモール利用者に同種の製品事故による損害が生じた場合のような特段の事情がある場合には、不法行為責任又はモール利用者に対する注意義務違反...に基づく責任を問われる可能性がある」(94頁)、プラットフォーム事業者につき、「特定のユーザーを推奨したり、特定のユーザーの販売行為を促進したり、特定の出品物を推奨した場合には、その推奨・促進の態様いかんによっては、...ユーザー間の...トラブルにつき責任を負う可能性がある」(105頁)等としており、マッチング業者の責任追及時の参考になる。

1.実態調査の内容は、全世代型社会保障検討会議(第7回)配布資料を参照されたい。
2.船井総研ロジ『物流業界の動向とカラクリがよーくわかる本[第4版]』(秀和システム、2019年)
3.「令和2年度 宅急便取扱実績について」(国土交通省)br 4.我妻榮、有泉亨ほか『我妻・有泉コンメンタール民法-総則・物権・債権-〔第7版〕』1327頁(日本評論社、2021年)
5.東京地判平成11年9月30日判時1274号65頁、神戸地判平成4年7月20日判タ805号124頁等。
6.東京高判平成7年2月27日判時1591号22頁、浦和地判平成6年4月28日判タ875号137頁、東京地判平成4年7月2日判時1461号83頁等。
7.最一小判平成6年4月21日集民172号379頁
8.福岡高判平成17年1月27日判タ1198号182頁
9.一木孝之『委任契約の研究』(成文堂、2021年)196頁
10.山本豊編『新注釈民法(14) 債権(7)』332頁(有斐閣、2018年)〔一木孝之〕
11.最二小判平成28年2月19日民集70巻2号123頁等
12.能見善久=加藤新太郎編集代表『論点体系 判例民法〔第2版〕 1 総則』218~220頁(第一法規、2009年)
13.厚生労働省委託事業で設置した「仲介事業に関するルール検討委員会」(平成31年度)が提示したルール案をベースに、令和3年8月頃、フリーランス協会が「フリーランス・副業人材の仲介事業者のための手引き」を発表し、また、日本フードデリバリーサービス協会も「フードデリバリー配達員の就業環境整備に関するガイドライン」(令和4年)を策定する等、自主ルール作りの動きが進んでいる。
14.厚生労働省「雇用類似の働き方に関する検討会」報告書(平成30年3月30日)、第二東京弁護士会労働問題検討委員会編『フリーランスハンドブック』(労働開発研究会、2021年)372頁~
15.もっとも、マッチング業者に資力がないケースでは、再委託先であるフリーランスへの支払に問題が生じる等の問題はあり得る。
16.「あっせん」の定義については、職安法の「職業紹介」の定義が参考になる。「職業紹介」とは、求人及び求職の申込みを受け、求人者と求職者との間における雇用関係の成立を「あっせん」することをいうが(同法4条1項)、ここでいう「あっせん」とは、「求人者と求職者との間をとりもって雇用関係の成立が円滑に行われるように第三者として世話すること」をいう(厚生労働省職業安定局「職業紹介事業の業務運営要領」第1・1(1))。
17.名古屋高判平成20年11月11日自保ジャーナル1840号160頁、東京地判平成21年12月4日判時2072号54頁
18. ただし、再委託型である旨を利用規約等に明記するフードデリバリー事業者も見受けられる。
19.なお、著名なマッチング業者の利用規約では、直受け禁止規定は多いが、専属義務まで課すものは見当たらなかった。
20.このほか、自由競争減殺の観点から、排他条件付取引(一般指定11項)や拘束条件付取引(一般指定12項)等の不公正な取引方法(独禁法2条9項、19条)に該当するかという問題点もあり得るが、紙幅の都合上割愛する。
21.フリーランスガイドライン第4の2注25。
22.但し、現実にマッチング業者がそのような育成投資を行っているかは事案ごとに要検討と思われる。
23.フリーランスガイドライン第3の3(11)
24.利用規約により、発注者とフリーランスの直接のやり取りを禁止している事業者もいる。
25.令和4年10月1日施行予定の改正法では5条になる。
26.インターネットオークションサイトの利用者が詐欺被害に遭わないよう、サイト運営者は時宜に即して相応の注意喚起を行う信義則上の義務を負うと判示した名古屋地判平成20年3月28日判時2029号89頁(前掲名古屋高判平成20年11月11日の第一審)。
27.前掲名古屋地判平20年3月28日のほか、株式売買の取消システムに不具合があった場合に当該システムの提供主体に不法行為責任を認めた裁判例として、前掲東京地判平成21年12月4日、東京高判平成25年7月24日判時2198号27頁。