出版物・パンフレット等

入管法改正問題の現在地

指宿 昭一 【当会会員】
指宿 昭一 Syoichi Ibusuki(60期)

【略歴】
2007年弁護士登録
日本弁護士連合会人権擁護委員会特別委嘱
(外国人労働者受入れ問題プロジェクトチーム事務局長)

【著書】
『使い捨て外国人 ~人権なき移民国家、日本~』(朝陽会、2020年)
『リアル労働法』(共著、法律文化社、2021年)等

Ⅰ 名古屋入管ウィシュマさん死亡事件の衝撃

1 はじめに

私は60期で、もともと労働事件を労働者側でやりたくて弁護士になりました。一番最初に受任した事件が、当時の研修・技能実習生制度に絡む事件でした。岐阜の縫製工場で働いている中国人の20代の若い女性たち4人の残業代請求の事件だったのですが、この事件を通じて、日本でこんなひどい人権侵害が外国人労働者に対して行われているということに強いショックを受けました。それ以来、社会問題としての技能実習生問題に取り組みながら、日弁連で技能実習制度の廃止を求める意見書の作成などにも関わってきました。一方で、入管法には前から興味があったので、これも新人の頃から、いわゆる非正規滞在者、つまり在留資格のない人たちの事件を中心に取り組んできました。
2019年の6月に大村入管でナイジェリア人男性が亡くなり※1、その後、法務省がとんでもない入管法改悪法案を出してくるということが分かったので、2019年の秋頃から社会問題としての入管問題に力を入れて取り組みました。2021年に、入管法改正法案が出てきた時に、市民の皆さんと一緒にこの法案の成立阻止の運動に携わりました。
同時期に、廃案の大きな原動力にもなった不幸な事件が起こりました。2021年3月6日にスリランカ人女性のウィシュマ・サンダマリさんが33歳の若さで名古屋入管収容中に亡くなったという事件です。私はこの遺族の方と比較的早くコンタクトを取ることができて、その後代理人として真相究明と責任追及の活動をしてきました。

2 長期収容の問題

このウィシュマさんの事件は何が問題なのかというと、1つは、長期収容の問題です。ウィシュマさんは2020年の8月に収容されて、次の年の3月6日に亡くなりました。長期収容と言っていいと思います。ただ、実際はそれ以上、3年も4年も5年も6年も収容されている人はたくさんいます。入管の収容というのは処罰でもないし、もちろん拷問でもあってはならないはずです。何のための収容かというと、本来、強制送還のための一時宿泊所のようなもののはずなのです。それなのに長期収容というのが蔓延して、しかも拷問的な使われ方をしています。この長期収容は、司法審査も経ないで、入管自身の判断で、この人は在留資格がない、例えばオーバーステイで退去強制事由があると考えれば、すぐに収容できます。そして、これもまた異常と言ってよいと思いますが、期限が決まっていません。理論上は100年でも収容できるということになっているわけです。
ウィシュマさんが収容されたのは2020年8月ですが、その頃は新型コロナウイルス感染症の世界的流行で飛行機が飛んでいなかったので、そもそも強制送還できる状況ではありませんでした。その後、飛行機はなんとか飛ぶようになったのですが、飛行機でスリランカに行ってもスリランカの隔離施設に入れられることになって、その隔離施設のためのホテル代を払わなければならない、そのお金がないということで、結局、飛行機に乗れる状態ではありませんでした。そして、年が明けて1月ぐらいから本人が体調を崩して、今度は飛行機に乗るどころの状況ではなくなってきたわけですね。
だから、収容していても送還できなかったのです。送還できない状況の人を長期にわたって収容したのです。なぜかというと、彼女が途中から帰国することを拒否して、「日本にいます」と言ってしまったからです。そのことで入管は非常に冷たく厳しく対応して、また、仮放免という形で収容を解かれる可能性があったわけですが、この人を仮放免してしまったらますます帰国意思がなくなる、説得ができなくなる、ということで長期収容を続けたわけですね。これが1つの問題です。

3 医療拒否の問題

もう1つの問題は医療拒否です。これがもう不思議としか言いようがないのですが、ウィシュマさんは食べるものが食べられず、飲むものが飲めず、食べたり飲んだりしても吐いてしまってどんどん栄養が取れなくなっていきました。体重はどんどん落ちていって、収容時から亡くなる時まで20キロ以上、体重が落ちています。2月15日には尿検査の結果、体が飢餓状態に陥っているということが明らかになっています。普通だったらここで点滴をします。普通だったらというか、点滴しなかったら死んでしまいます。それなのに誰も何もしませんでした。
ウィシュマさんは点滴を求めていました。面会をした支援者たちも強く点滴を求めていました。しかし、点滴はされませんでした。名古屋入管にはその設備がないので、点滴は外部病院に連れていかないとできません。ウィシュマさんは2回外部病院に連れて行かれていますが、その時にも点滴をしてもらえませんでした。そして、もう必然的な結果として、3月6日に亡くなりました。
妹のポールニマさんが「姉は見殺しにされた。救急車を呼べばいいのに呼ばなかったからだ」と言っています。私は証拠保全の手続でビデオの一部を見ました。亡くなる1日前、3月5日、もうどう見ても衰弱しきっていてほとんど反応もない。実際、血圧や脈も取れない状態にありました。それでも救急車を呼ばない。3月6日は朝から本当に声も出ないし反応もない。そういう状況なのに救急車を呼ばない。救急車を呼べば助かったかもしれないのに呼ばない。
2019年6月の大村入管におけるナイジェリア人の死亡事件のときも同じようなことがありました。彼の場合はハンガーストライキをしていたという事情はありますが、衰弱してもう食べられなくなっていました。しかし入管は点滴を含めて何もしませんでした。そして、ある意味当然のこととして彼は亡くなりました。それでも誰も責任を問われていません。
2007年から2022年6月までで、17名の方が収容中に亡くなっています。うち5名は自殺です。ウィシュマさんと同じように入管がやるべきことをやらずに亡くなったと思われる人はたくさんいます。しかし誰も責任を問われません。同じことが繰り返されています。この異常な状態について、今まで日本のメディアは、ゼロではありませんが、ほとんど取り上げてきませんでした。
私たち入管問題に取り組んでいる弁護士たちは、そういう事件があるたびにそれなりに努力して社会に訴えようとしてきたのですが、あまり報道はされませんでした。今回はウィシュマさんの妹さんたちが日本に来て、そして勇気を持って声を上げて、顔と名前を出して発言をして、行動をしたことで、メディアの取り上げ方も変わりました。

Ⅱ 非正規滞在外国人の状況と課題

1 非正規滞在外国人とは?

入管やメディアは「不法滞在」という言い方をしますが、この「不法滞在」という言い方だと、聞いた側は、何か犯罪者集団が日本に滞在しているかのような、とても悪い印象を抱いてしまいます。しかし、実際はそうではありません。外国人の方たちが在留資格を失う理由にはいろいろあって、本当に気の毒な状況で、なぜこれで失ってしまうのかということもあるわけです。なので、我々入管問題に取り組む弁護士は不法滞在という言い方をしません。「正規滞在」と「非正規滞在」という言い方をしています。アメリカではバイデン政権になって更に進んで、「Undocumented Person」という言い方をするようになったようです。つまり「登録されてない人」という言い方です。
今、この非正規滞在者が日本にどれぐらいいるかというと、2022年の1月1日段階で6万6759人だということです。一時期は約30万人の非正規滞在者がいたといわれています。その人たちは90年代から2003年ぐらいまでは元気に明るく働いていました。国もそれを摘発しようとはしませんでした。もちろん一部、摘発されたケースもありますが、非常に寛容でした。なぜかというと、その人たちは貴重な労働力だったわけです。そういう人たちが建設現場や製造業の工場などで働いていました。
この人たちを帰そうという国の方針が固まったのは2003年で、実際2004年から不法滞在者半減計画というのが始まってどんどん減っていきました。一度、がくんと減って、またちょっと増えて、またちょっと減って、という流れをたどっていますが、2004年以降、全体の傾向としては大幅に減っています。
そして、この6万の人が退去強制令(退去強制令書発付処分)を受けてもずっとがんばって日本に残っているのかというと、そうではありません。95%以上の人は強制送還に応じています。ちなみに、強制送還というと無理やり手と足をつかんで飛行機に乗せて帰しているみたいなイメージがあるかもしれませんが、ほとんどの人は自分でお金を払って、自分で飛行機に乗って帰ります。そういう形での強制送還がほとんどです。国費もかかりません。そういう形で95%以上の人が強制送還に応じています。
ただ、帰るに帰れない人たちがいます。これが約3000人。入管はこの人たちを「送還忌避者」と呼んでいますが、この人たちは帰ることを「忌避」しているのではなくて、帰るに帰れない事情があるのです。

(1)難民申請者

どのような人たちがこれに当たるかというと、まず難民申請者です。日本の難民認定率は本当に驚くべき数字です。これは2020年の数字ですが、0.5%です。その前の年は0.4%でした。各国と比べるとカナダが55.2%、イギリスが47.6%、ドイツが41.7%、アメリカが25.7%です。移民国家ではあるものの、ある意味非正規滞在者に厳しいというイメージのあるアメリカでさえもこれくらい認められています。
この日本の異常な難民認定率の低さを見ると、日本の難民認定制度は、難民の認定をする手続ではなく、難民認定しないことを確認するための難民「不認定」制度というべき運用がなされているのが現状です。実際、例えばクルド人とか、どう考えても難民認定すべき人が難民認定されてないというケースがたくさんあります。
日本の難民認定制度がこういう有り様なので、日本にやってきたけれども難民認定されない難民申請者がたくさんいます。この人たちは、もし帰ったら殺されてしまうかもしれないし、殺されないまでも捕まって拷問に遭うかもしれないので帰れないわけです。この人たちはいくら何を言われたって帰ろうとしません。

(2)在留期間切れ

それから、短期滞在で入国して在留期間が切れて、それでずっと働いてきた人もいます。長期滞在の移住労働者などが90年代からずっといて、最初は日本の国も取り締まらないで、むしろ働いてもらっていた状態が続いていたのですが、2004年から急に方針が変わって、帰れと言われている人たちです。長期にわたって日本で暮らして生活基盤をつくっているので、今さら帰れないという人たちです。この人たちの多くは、日本で結婚して日本人だったり、そうでない家族だったりを持っています。

(3)在留資格を失った元・正規滞在者

在留資格を失った元・正規滞在者という人もいます。日系人二世・三世、中国残留日本人の中国籍の家族が在留資格を失うケースや、配偶者である日本人と離婚したり死別したりして在留資格を失う人もいます。

(4)非正規滞在者の子どもたち

それから、とても悲惨なのが、日本で生まれた非正規滞在者の子どもたちです。こういう未成年の仮放免者が約300人います。
『マイスモールランド』という映画があります。クルド人の家族の物語ですが、主人公の高校生の女の子は小さい時に親に連れられてトルコから日本に逃げてきました。自分の意思ではありません。そういう子もいますし、私が前に担当した事件は、非正規滞在で働いていた両親の間に生まれたフィリピン人の女の子で、生まれた時から日本にいるというケースでした。自分はフィリピン人だと思ってもいなくて、ただほかの子とはちょっと違うなと思いながら育って、中学生の頃に入管に出頭して、自分たちの在留特別許可を取ろうとしたけれども認められなくて、最終的には裁判をして一審では負けたのですが、高裁でこの子だけが勝訴しました。親は敗訴です。この子は当時もう高校生になっていましたが、退去強制令書発付処分が取り消されました。そして本人は留学の在留資格を得て、それから大学に行き、今、就職して元気に働いています。
ただ、こういうふうに在留資格が取れる人はまれで、ほとんどの場合は取れません。入管はとても残酷なことをしてきていて、「両親に帰ってもらえば子供には帰責性がないから在留資格を出しますよ」と。でも両親が日本にいるうちは出しません。だから「両親と一緒に帰るか両親を帰すか、どっちかにしろ」と、こういうことを子どもに迫るわけです。

2 非正規滞在者の人権

このような非正規滞在者の人たちにも、当然、難民条約に基づいて難民として保護を受ける権利がありますし、それから国際人権B規約で家族として保護を受ける権利、家族分離をされない権利があるはずなのですが、日本の裁判所はほとんどこれを見ません。それから適正手続を受ける権利もあるはずなのですが、マクリーン事件最高裁判決の壁があって、実際は外国人の人権、特に非正規滞在の外国人の人権は全く顧みられていません。
マクリーン事件最高裁判決にあるように、これは在留制度の枠内での人権保障でしかなく、在留資格制度が外国人の人権よりも上位にあるかのような、そういう判断がされているので、実際には、特に非正規滞在の外国人の人権は否定されていると言っても過言ではないと思います。かつて、法務省入国管理局の参事官が、書籍に「外国人は煮て食おうが焼いて食おうが自由」と書いていましたが、これは日本における外国人の人権状況を端的に表しています。

3 在留特別許可

非正規滞在の人たちが在留資格を得るための制度として、在留特別許可(在特)という制度があります。退去強制手続の中で、退去強制事由には該当するけれども在特が出るというケースです。それから、難民認定手続の中で、難民としては認定しないけれども、人道的な理由から、いわゆる難民在特という形で許可が出るケースもあります。
また、再審申請あるいは再審情願といわれている手続、これは正式な入管法上の手続ではないといわれていますが、これに際して在特が出る場合もあります。

4 入国管理局による収容・退去強制

(1)収容の問題

入国管理局による収容や退去強制にはどういう問題があるかというと、まず収容の問題として、未成年者、子供、病者を収容するようなこともかつてはありました。今でも未成年者の収容がないとは言えません。親子で一緒に収容して強制送還してしまうというケースが最近ありました。それから、難民申請中の人でも収容されます。

(2)処遇の問題

次に、処遇の問題です。これはまさにウィシュマさんの問題ですが、帰国に同意しないと長期に収容されます。そして不適切、かつ、不十分な医療しか受けられなかったり、もっと言うと治療を拒否されたりします。また、制圧という名の下に職員による暴力行為が行われることもあります。そして、これが自殺や自殺未遂につながっていくこともあります。

(3)強制送還の問題

それから強制送還の問題としてあるのが、送還時の暴行による死亡事例もあります。
飛行機をチャーターして、チャーター機にたくさんの被収容者を詰め込んで一斉に強制送還するというやり方も以前はよく行われていました。
スリランカ人が一斉強制送還を受けた時に、難民申請の不認定の結果が出て、これから裁判をしたいと言っているのに強制送還されてしまったという事件がありました。東京地裁と名古屋地裁に提訴し、私は東京地裁のほうで提訴した2人のスリランカ人の代理人というか弁護団の1人だったのですが、これは一審でぼろ負けをして、ところが東京高裁で勝ちました(2021年9月22日判決。NIBEN Frontier2022年5月号44頁参照)。しかも裁判を受ける権利の侵害という形で勝つことができました。これはマクリーン事件判決とは少し違う方向の判決で、マクリーン事件判決が今、揺らいできているのではないかとも思います。

5 仮放免者の法的地位

仮放免者の法的地位についての問題点として、まず、在留資格がないので、仮放免されているのに就労が禁止されます。特に配偶者がいて収入源がある人であればともかく、独り身で、あるいは働く能力のない配偶者と一緒に暮らしている人もいるので、就労を禁止されたら飢え死にするしかないわけですよね。それでも就労は禁止されます。以前はそれほど厳しくなかったのですが、今これがものすごく厳しくなっています。朝早くに家を出てくるところから尾行して、働いているのを突き止めて捕まえて仮放免者を再収容してしまうなどということも行われています。
それから、社会保険に入ることができません。若干の例外はあるのですが、基本的に加入できません。これも気の毒なのですけれども、歯が痛いのに歯医者に行けない、病気になっても病院に行けない、という状況が続いています。10割負担すればよいというわけではなくて、社会保険を使わないといわゆる自由診療になってしまうので、通常の医療費より高いんですね。ですから10割というよりは15割とか20割ぐらい払わないとその治療が受けられないという場合があります。
そして、再収容の恐怖にいつもおびえています。今、コロナ禍なので少し例外はあるのですが、基本的に月に1回、出頭して仮放免の更新をしなければいけません。いつまた収容されるか分からない、収容されたらいつ出られるか分からない、そういう中で再収容の恐怖におびえて生活をしています。
そういう本当に苦しい状況の中で本人が日本にいることをあきらめて帰国する、あるいは、もう死んでもいいから帰るなんて言う人もいます。映画『マイスモールランド』のクルド人のお父さんもそうでした。帰ったら拷問されるか何をされるか分からないけれども、でも自分は帰るというふうに言っていました。あれは子供たちに在留資格を得させるためにという考えもあったようですが、そういう事例は実際にあります。
また、かつては在留資格の有無にかかわらず外国人登録証を持つことができたし、ある意味、持たなければいけなかったのですが、これが廃止されたために、今、仮放免者の場合は身分証明の手段がありません。在留カードというものが導入されましたが、これは仮放免者は持てませんので、仮放免者は、非常に厳しい状況にあります。

Ⅲ 入管法「改悪」案(2021年5月に事実上の廃案となった政府案)

1 背景

2010年に西日本入管、東日本入管で大きなハンガーストライキがあり、2011年には名古屋入管でもあり、この時に全国で仮放免者の会というのが結成されて、入管はかなり追い詰められました。それで入管行政の在り方は変革を余儀なくされるはずだったのですが、またこれの巻き返しをしてきたのが2015年頃以降です。
長崎にある大村入管は昔から長期収容で有名な施設なのですが、2019年の6月にこの大村入管でナイジェリア人の男性が餓死という形で亡くなりました。これに対しては国会でも野党が追及し、一定の報道もされたので、入管もまずいと思ったようで、有識者会議というのを立ち上げて問題の検討を始めました。
そういう経緯で立ち上がった検討会なので、そこでは当然、こんな長期収容をしていいのか、収容期間の上限を設けるべきではないか、司法審査なしで収容するという今のやり方は改めるべきではないか、ということが議論されるべきでした。しかし、入管が自らそんなことを言うわけがないですし、議論がそんな方向に行くことはないだろうと思っていましたが、案の定そうではなくて、その真逆の方向、むしろ入管の権限を更に強めて、強制送還をよりスムーズに行うためにはどうしたらいいか、という方向で検討が進められていきました。長期収容や無期限収容を可能とする現行制度の問題には結局触れないというか、それはそのままでいいという結論が出ています。
ナイジェリア人の死亡事件の直後に入管庁の佐々木長官(当時)が日本記者クラブで講演をしています。その講演の映像は今でも見られますが、そこで「帰国すれば死なないで済むんだ、だから入管が悪いんじゃない、帰国しない方が悪いんだ」という趣旨のことを言っています。そういう発想のもとで出てきたのが、この入管法改悪法案です。

2 法案の問題点

大きな問題点は3つです。1つ目が「送還忌避罪」というものを創設しようとしたことです。送還忌避、すなわち送還に応じない人には刑事罰を科すということです。さらに、仮放免者が逃亡したときには、仮放免逃亡罪も科すということです。当然これは共犯処罰も可能ですから、送還忌避者を支援した人、これは弁護士も含めてですが、処罰されることになる可能性があります。
そして2つ目。これが入管の一番やりたいことだと思いますが、難民申請の再申請などに関する送還停止効を廃止することです。これは難民条約からの日本の自主的な離脱、あるいは無効化を招くものです。ノン・ルフールマン原則といわれる国際的な原則があります。これは、自国に送還されたら生命身体に危険のある人を送還してはならないという原則で、難民条約にも規定されていますし、更にいうと、現在の入管法の中にもその規定があります。
具体的には、入管法の規定でいうと、難民申請をしているときには強制送還ができないということになるわけです。先述のスリランカ人の一斉強制送還のケースのように、ダメだという結果が出たら慌ててというか、訴訟になる前に強制送還してしまおうなどというおかしなことが始まるわけです。ただこれは、再申請は可能なので、実際0.5%の絶望的な難民認定率の中で、本当の難民の人たちは何度でも難民申請をします。それしか生きていく方法がないからですね。ところが今回の入管法改悪法案は、3回目の申請以降は難民申請権の濫用だというふうに位置づけて、強制送還ができるようにしてしまう。こういうものです。
3つ目が、「無期限収容の維持」です。これは再三の国連等からの勧告を積極的に無視するものです。例えば2020年9月の国連恣意的拘禁作業部会の意見書では、今のこの無期限収容というものが厳しく批判されていますが、そういうことには耳を貸さずに無期限収容を維持するという結論を採っています。

3 送還忌避罪

これは不思議な立法です。現行法で強制送還はできるのです。ただ、国としてはあまりやりたくない。なぜかというと、まずお金がかかるからです。できれば自費で飛行機のチケットを買って、自分で「自主的に」飛行機に乗って帰ってもらいたいのです。そうすればお金もかからないし、入管の職員を同行させる必要もないし、本当の意味での強制力を使った送還のような、いろいろなリスクが生じないからです。だから自分でお金を払って、カギ括弧付きの「自分の意志」で帰ってもらいたいわけです。
それをさせるために刑事罰で強制しようというのがこの法案です。懲役刑もあります。実際に、仮放免者や、被収容者にこの話をすると、「自分は国に帰されたら殺されてしまう可能性があるから、どっちにしても帰れません。だから刑務所に行ってでも、私は帰れないし、帰らない」と言います。そうすると刑務所に行って、そこで刑期を終えて、また入管に戻ってくるわけですよね。それで、また入管に収容される。それでも帰らないと言い続けると、また送還忌避罪が成立して、また刑務所に行く。この無限ループの世界に陥るんですね。こんなことをして、いったい何の意味があるのかさっぱり分かりません。
問題点として、例えば日本で生まれた子どもも処罰対象になり得るわけですよ。刑事未成年を除くにしても。そういう子もその両親も対象になるわけですよね。それから、それを支援する人や弁護士も共犯として処罰される可能性があります。入管側は、これはしないみたいなことを言っていましたが、そんなものはあてになりませんし、萎縮効果は絶大です。例えばフードバンクが仮放免者の食糧支援をしたり、NGOなどが一生懸命、仮放免者を飢え死にさせないように支援したりしていますが、このような活動も送還忌避行為の共犯になりかねないのです。

4 送還停止効の例外

現行法では在留資格のない者の難民申請中は送還を停止する仕組みがあり、再申請の場合もこれは適用されるのですが、再申請は濫用であるということで、3回目以降は強制送還可能にしようというのがこの法案です。これは事実上の難民条約からの離脱だと批判されています。カナダのように、55%の人が難民認定されているような、そういう国でやるならともかく、0.5%という異常な認定率、ほぼ100%の不認定率といってもいい、そういう国で3回目だから濫用だなどということがどうして言えるのでしょうか。まずは国際基準に従った難民認定制度になるように、きちんと機能させることが先であって、3回以上申請している人を悪者扱いして強制送還してしまうなどということは絶対にあってはならないことだと思います。

5 無期限収容の維持

この法案は、ナイジェリア人男性の死亡事件をきっかけに問題視された長期収容の解消が検討課題だったはずなのに、そこを忘れたのか何なのか分かりませんが、収容期限の上限については導入しないという案を出してきました。無期限に収容できる現在の姿は維持し、入管の権限をひたすら強化する方向で法案が出てきていたわけです。EUは全加盟国が収容期限を設けています。アメリカですら、例外はあるものの90日が原則です。そういうものと比べても日本の状況は異常というしかありません。

6 監理人制度

入管は「全件収容主義」です。つまり原則として全件で収容して、例外的に特別な場合だけ仮放免するという形を取っているわけですが、まずこれが強く批判されています。送還できないのに、それでも収容する。そして、送還のための収容という範囲を逸脱して、帰国に同意させるため、翻意させるための手段として拷問的な長期収容が行われます。しかも、裁判所などの第三者のチェックのない収容です。こういうことがブラックボックスの中でずっと行われてきて、これが入管の独善的体質を助長してきました。しかし、この法案では、これらの問題を制度的に解決しようとする内容は全く含まれていませんでした。
他方で、この法案には「監理人制度」というものを新設するという内容が含まれていました。これは廃案になった後のことですが、入管庁長官は、この監理人制度によって全件収容主義は撤廃されるんだということを言っています。しかし、これは詭弁です。
この監理人制度というのは、全件収容主義の例外に過ぎません。現行の仮放免制度もとても非人道的な制度ですが、監理人制度ができれば何か良くなるのかというと、それはありえません。監理人制度というのは「監理人」を通じて外国人を管理するシステムです。一部就労が可能になるということを一生懸命宣伝していますが、これは退去強制令書の発布処分までで、それ以降は就労できません。また、この監理人が外国人をしっかり管理しないと過料の対象となります。入管は弁護士にも監理人を引き受けてもらいたいみたいなことを言っていますが、弁護士の職務としてこれを引き受けると依頼者との利益相反になりますし、過料の制裁があることから考えて、弁護士が監理人になることはまず不可能だと思います。

Ⅳ 入管収容の問題点と解決の方向

1 根本にある外国人嫌悪と歴史的背景

ウィシュマさんの事件の最終報告書の結論として、職員の意識改革ということが述べられています。しかし、これは間違っています。職員の前に意識改革が必要なのは入管のトップです。そして、意識ではなく、入管制度自体を変えなければ、こういうことは繰り返されていきます。入管制度自体を改革しないで職員の意識改革を進めるというのは、被収容者の人権が守られない制度の中で人権保障を意識した業務遂行を職員に求めるということで、これは現場の入管職員に不可能を強いることにほかなりません。
報告書では、入管職員がウィシュマさんに対してさまざまな不適切発言などをしていた事実を指摘しながら、そういう職員を擁護しています。そういうことからしても、入管が本気で職員の意識改革を考えているとは思えません。ウィシュマさんが牛乳を飲み込もうとして飲めなくて、鼻から出してしまったんですね。それについて、職員が「鼻から牛乳」といってばかにしているんです。そういうことが行われる入管の体質が根本的な問題です。いわゆるゼノフォビアですよね。外国人嫌悪、一種のヘイトスピーチです。そういうことを免罪しているのは、絶対に許されないことだと思います。なぜ、外国人嫌悪を背景に、徹底した管理と抑圧を行うのか。人の命よりも強制送還を重視するという入管政策の根本の問題があります。その背景には外国人を敵視して管理することを重視する制度があります。
これについては歴史経過も関係しています。入管制度というのは戦後、旧植民地の人たち、特に在日朝鮮人を対象にして徹底して管理をするというところから始まっています。それを更に遡ると戦前の植民地、植民地支配です。植民地の人たちが日本に多くは労働者としてやってきて、この人たちを徹底して管理するというというところに源流があります。戦前は、特別高等警察、いわゆる特高警察が日本における朝鮮人や台湾人の管理を担当していました。戦後は出入国管理局という形に変わりましたが、実際は特高警察のメンバーが入官庁の職員として入ってきてもいたようです。そういう歴史の中で今の入管の体制ができ上がってきたわけで、だからこれは相当抜本的に変えないと変われないものだと思います。

2 現場の職員に対する締め付け

特に最近でいうと、2015年からひどくなっています。強硬方針が採られるようになりました。2010年に各地の入管でハンガーストライキが行われ、それをきっかけに少しましになった時期があったんですが、2015年以降は今までにないほどの強硬方針が採られています。それがまた、たくさんの人が入管施設内で亡くなるという事件につながっています。
2015年の9月に通達が出て※2、続けて2016年の4月に通知、9月に指示が出ています※3・4。この2015年9月の通達は、仮放免許可の厳格化と仮放免者の再収容強化を指示しています。仮放免をできるだけ活用せよということで緩和した2010年の方針というのがあり、報道発表もなされたのですが※5、それが廃止されてまた厳しくなってしまったというのがこの2015年の通達です。
2016年の通知のほうには結構すごいことが書いてあって、送還忌避者の発生を抑制する適切な処遇についてさまざまな工夫をせよと。新たな手法を取り入れよという指示がなされているんですね。それで医療拒否をしたり「鼻から牛乳」もその一環だったのか分かりませんが、そういう嫌がらせ的なことを含めて、さまざま工夫がされているのではないかと思います。先ほどの2015年の通達に対しては現場の職員レベルでは結構抵抗もあったようで、それで2016年の9月に「徹底せよ」という指示をわざわざ上が出したわけですね。さらに2018年の8月には送還忌避者縮減のための「送還忌避者縮減のための重要業績評価指標の作成について」という通知が出ています。これはつまり勤務評定です。送還忌避者の数を減らすためにがんばった人に、いい勤務評定を付けましょう、ということをして、奨励しているわけです。
こういう形で職員たちはがんじがらめにされて、厳しい処遇をしなければいけない状態に追い込まれています。だからウィシュマさんに対して優しくしたり、点滴をしてあげたり、これはまずいから救急車を呼ぼうとか、現場の職員がそういうことをすることができない体制ができ上がっていました。もしそんなことをしたら、勤務評定でかなりのマイナスを付けられることになるからです。
私はウィシュマさんのビデオを見ましたが、そこにいた職員もつらかったと思うのです。実際、ウィシュマさんから病院に連れていってくれとか点滴をしてくれと言われた職員が、「私には力がない、ボス(上司)には言うけど、ボスが決めることだから、私にはできない、私には力がない」とウィシュマさんに言っていた職員の言葉を、ビデオの音声で聞きました。現場の職員もつらかったと思います。職員だってつらいんです。つらくても入管の方針があるから厳しくせざるを得ない。そこから外れたら入管でやっていけなくなる。
勤務評定もありますが、それ以上の強い圧力が入管という組織の中にあります。私の先輩で元入管職員の弁護士がいますが、話を聞いたら、入管の職員になって外国人の当事者に対して丁寧な優しい言葉遣いをしていたら、先輩たちからものすごく怒られたそうです。なめられるぞと、そんな言葉は使っちゃだめだと。もっとビシッと厳しい言葉を使えと言われて、実際はもっとひどい言い方だったと思いますが、それが入管の組織内部の状況です。

3 人が死んでも責任を認めない入管

なぜ、この日本でこんなことがまかり通っているのか。そして、なぜ、これが改革されずに今まで来てしまっているのか。このことにとても深い疑問を感じます。でも現実に続いているんです。だから実際ウィシュマさんは亡くなってしまいました。そしてウィシュマさんが亡くなったことがこれだけ問題になっているのに、入管は責任を否定し続けています。そういうことは本当にこのまままかり通らないようにしていかなければならないのですが、まかり通るかもしれないような状況にあります。これが日本における外国人の人権状況を表しています。
技能実習生の問題もそうです。もちろん技能実習生の問題と入管の問題は直接的には同じではありませんが、背景にある、外国人の人権を顧みず物でも扱うように扱っているという考え方は共通していると思います。技能実習生はまず1つ、送り出し国における、送り出し機関という一種のブローカーに多額のお金を払って借金をして来日しています。債務労働のような形で、日本でまず借金を返しながら働いています。しかも、どんな職場であっても職場を異動する自由がない。そういう中で奴隷的な労働に陥っている人もたくさんいます。人身取引の被害者といえるような人もたくさんいます。そういう状況は国内からも例えばアメリカの国務省からもずっと批判されてきているのに、それでも改善されずに今日まで来てしまっています。そのこと自体に大きな懸念を感じるわけですね。問題はさまざまあります。これだけ可視化されてきているのに、それでも改革されない。これが技能実習生問題と入管問題の共通項ではないかと思います。
その背景には外国人を差別し、場合によっては嫌悪するようなそういう考え方、ゼノフォビアがあると思います。ある意味、国家が外国人を嫌悪している。国家が外国人を恐れ、徹底して厳しく取り締まらなければならないと考えているのです。このことはとても私たちにとって不幸なことだと思います。
政府は多文化共生ということを言います。しかし、この入管政策や外国人技能実習生の制度を存置しておいて、いくら口で多文化共生などということを言っても、共生社会をつくることはできないと思います。共生社会というのは外国人を敵視したり、管理する対象として考えたりするのではなくて、日本を共に支える仲間として考えて受け入れて、共に日本の社会をつくっていくためにコミュニケーションを図り、気持ちよく働いてもらい、また地域社会の中で活躍してもらうことです。そのためにどういう制度をつくっていくのか、それを検討していくこと、その方向性が多文化共生です。私はもっと多文化だけではなくて、多民族多文化共生と言った方がいいと思うんですが、その方向性があると思うんですね。今、それと真逆の方向で入管はさまざまなことをやっていると思います。

4 入管法改悪法案再提出について

昨年、入管法案が出てきた時、私たちはこれを入管の焼け太りを狙っているというふうに批判しました。それは、ナイジェリア人の死亡事件があって、本当は入管自身が変わらなければいけない、外国人の人権を守る方向で変わらなければいけないのに、その真逆の方向にかじを切って、入管法改悪法案を出してきた。これが許し難いと考えて、焼け太りという表現を使いました。
ところがまた、法務省はほぼ同じと思われる入管法改悪法案を提出しようとしています。通常国会でも出したいということを言っていたんですよね。法務委員会の法案提出リストの中にも、入管法は入っていたんですよ。結局出てきませんでしたが、これは選挙前だから出すなという観点の指示があったのではないかと言われています。
そのときに何を理由にしているのかというと、ウクライナ避難民を保護し、支援するために入管法改正が必要だと、これを最近言い出したのです。「昨年、あの入管法が通っていたらもっとウクライナ避難民を保護できたのに、野党や市民団体や弁護士が反対してつぶれたから非常に困っているんだ、だから早く通さなければいけない」と、入管に近い人たちがこういう論調のことを言っています。もう焼け太りどころではないですよね。
今度はこれは火事場泥棒です。ウクライナへの侵略戦争、そして多くの避難民や難民が生じているというこの由々しき事態の中で、もちろんウクライナの人たちは保護されるべきです。難民として、あるいは避難民としてさまざまな方法で保護するべきです。ただそれは現行法でできることはたくさんあるんです。そもそも難民として保護したくないんですよね、入管は。あくまでも避難民として扱いたい。難民認定制度とは別枠で扱いたいんです。もちろん難民認定しなくても、日本に在留できて働けて居続けることができるという制度は取るべきですが、難民としての保護を希望する人はするべきだと思います。しかし、政府はそれはやりたくない。
それは国際基準に従った難民認定をやればできることだし、今日説明が少し抜けていたんですけど、入管法改悪法案の中に準難民の保護という制度がありました。難民に準じた人を保護するというものですが、仮にこの制度ができたとしても、ウクライナから来た人たちを保護することにはつながりません。一定の要件の緩和はしているのですが、それは今、一番ネックになっているところを緩和してないからです。だから本当に、法案を通すための道具にしているんですよね、ウクライナ避難民の問題を。
今、こういう入管のやり方を許さない市民の強い声があります。そして、入管への批判の声は一時的なものではなく、入管の方向転換を求めるものになっています。入管の権限強化ではなく、国際的な基準で難民認定を行い、在留特別許可を出すべき人に出せば、帰るに帰れない3000人の問題は解決します。そして、入管は、外国人への管理だけを考える今のやり方をやめて、何よりも多民族多文化共生を基本にした政策の中で入管政策を考える方向に転換すべきです。これが、この問題の解決の方向です。

私の話は以上です。この話が直接皆さんの実務に役立つわけではないと思いますが、ただ今、日本の外国人、とりわけ非正規滞在者の現状を知ってもらい、そういう人たちが依頼者の中にいる場合もあるでしょうし、またある意味、どの外国人住民も、どの外国人労働者も何かがあったとき非正規滞在に陥ってしまうことがあるわけですよね。そういう人たちを依頼者として持って、何か対応していくときに今回の話が一定の背景的な理解として、役立つことがあればと思います。

(※1)2019年に、長期間の収容に抗議して被収容者たちの間で大規模なハンガーストライキが起こり、2019年6月24日、長崎県の大村入国管理センターに収容されていたナイジェリア国籍の40代男性が死亡した。死因は餓死だった。
(※2)2015年9月18日「退去強制令書により収容する者の仮放免措置に係る運用と動静監視について(通達)」
(※3)2016年4月7日「安全・安心な社会の実現のための取組について(通知)」
(※4)2016年9月28日「被退去強制令書発付者に対する仮放免措置に係る適切な運用と動静監視の徹底について(指示)」
(※5)2010年7月30日「退去強制令書により収容する者の仮放免に関する検証等について」