インタビュー

金塚彩乃弁護士

※経歴は『NIBEN Frontier』2021年11月号時点のものです。

弁護士の魅力は「自由」です

金塚 彩乃 Ayano Kanezuka (57期) 当会会員
2007年 パリ弁護士会登録
2020年度 当会国際委員会委員長

編集部中学からフランスに行っていたとのことですが、ご両親の仕事の関係だったのでしょうか。

金 塚フランスに行ったのは、もともと私がフランスが好きだったということがありました。小さい頃に買ってもらったマンガの『ベルサイユのばら』を読んだのがきっかけでした。すっかりはまって、そこから徹底的にフランスのことを調べ始め、小4のときには市民図書館のフランス革命とナポレオンの本は全部読んだんじゃないかというくらい読みました。寝ても覚めても頭の中はフランスのことばかりで、どうしてもフランスに行きたいと言い始め、両親もそれならということでフランスに行ったのです。父はフランス哲学をやっていましたし、母は、親友がパリにいたこともあり、じゃあ、家族で行こうみたいな感じで。私が14歳のときでした。

編集部フランス語はできたのですか。

金 塚全然できなかったです。通信教育で少し習った程度でしたので、パリで必死になって覚えました。中学、高校を卒業して、その後はパリの大学で生物学を勉強するつもりでしたが、弁護士になりたいという気持ちもあり、悩んでいました。

編集部何で弁護士になりたいと思ったのですか。

金 塚好きでフランスに行っているわけだし、フランスで差別を感じるようなこともなかったのですが、残念ながら日本にはフランスより困難な状況にある外国人の方も多くいるのではないかと思い、自分の国で人の力になれる仕事がしたいと、弁護士の道を考えるようになりました。いきなりだったので、親はびっくりしていましたね。

編集部フランスで弁護士という方法もあったのでは?

金 塚弁護士になるんだったらやっぱり母国でと思いましたし、日本にいる外国人の手助けができたらと思いました。

編集部いきなり日本で弁護士になるといっても、そんな簡単なことではないですよね。

金 塚帰国子女枠で東京大学の法学部に入って、司法試験の勉強をしました。といっても、大学で入ったオペラのサークルがめちゃくちゃ楽しくて、4年生の最後まで勉強しなかったんですけど(笑)。フランスの高校時代でとにかく書かされた論文の勉強が役に立って、論文試験は、やりやすかったです。

編集部弁護士になってからは、どういうことをされましたか。


パリ弁護士会登録のための宣誓式

金 塚まずは裁判ができるようになりたいと思ったので、一般民事の事務所に入りました。2年間そこでいろいろな事件をやらせてもらいました。
素晴らしいボスの下で多くのことを学べました。
今の私があるのは、この時のボスと事務所のおかげだと思っています。そして、再度フランスに留学しました。パリ第2大学の法学部修士課程に入り、フランスの法曹資格を取り、少しの期間ですがパリでも弁護士として働いて、帰国しました。
以降は、ずっとフランスに関係することをやっています。

編集部思い入れのあるフランスの仕事を始めたのですね。

金 塚やはり近代法の母国であるフランスでの法律の勉強は素晴らしく面白かったですし、日仏の架け橋としての仕事がしたいという思いがとても強くなりました。また、帰国した当初は、フランス法務はもう飽和状態だろうと思っていたのですが、蓋を開けたら誰もやっていなかった。フランスの法曹資格を取っていても、当初は不安でしたが、ありがたいことにフランス関連でずっとやってきています。

編集部人生の転機はどこにありましたか。

金 塚やっぱり弁護士になってから再度フランスへ行って法曹資格を取ったことです。それなりに勇気の必要な決断でしたが、そのおかげで仕事内容も多岐にわたっています。フランス人の刑事事件から各種契約、訴訟案件を扱ったり、フランスの会社法、労働法の相談など様々な案件を広く依頼いただいています。ロースクールではフランス憲法も教えていますが、フランスに関連した講演会やメディアにも日仏でお声掛けいただいています。

編集部大国フランスですら誰もいない状況だとすると、アメリカ以外はほとんど誰も競争相手のいないブルーオーシャンなのでしょうか。

金 塚そうじゃないかと思います。だから、私は授業で学生たちにこう言っています。「アメリカもいいけど、どこかほかに好きな国を見つけて、そこの専門性を高めてもきっと面白いですよ」と。

編集部思い出に残っている事件はありますか。

金 塚現在進行形の事件なのですが...。自分自身ずっと考えてきている「自由」というテーマ、そして比較法的観点も含めて、新型インフル特措法の違憲性を主張するグローバルダイニングの事件は、多くの意味において意義の大きい事件だと思って取り組んでいます。正面から自由を考える意義深い事件に関われていると思っています。
これまで、フランスと日本の緊急事態宣言について調査し、いろいろなところで発表してきました。例えば、日本でいう行政訴訟で、緊急事態宣言に伴う制限について、フランスだと1年間に800件ぐらいの裁判があったのです。緊急事態宣言下において自由の制約の限界はどこかを問う裁判です。ところが、日本では、グローバルダイニング訴訟が実質1件目だと思われます。この裁判でも営業の自由、表現の自由、平等原則について正面から論じています。行政の権限が強くなる中で、司法の役割も更に重要になると思いますが、裁判長もとても積極的に審理してくれています。

編集部なぜそのように数が違うのでしょう。

金 塚それは、行政事件訴訟法の使いにくさです。日本では、声はあるのにそれを表現する法的な場がないのです。
フランスでは、訴訟法上も権利救済の道が広く開かれていて、行政による人権侵害があれば、裁判所は48時間で必要な命令を出せるようになっています。しかし日本では行政訴訟のハードルがとても高いのです。また、フランスではあらゆることが法律で定められ、法の支配が徹底しているところも、行政の「要請」や空気で権利や自由が事実上制約される日本と大きく異なるところです。その意味で、社会の中での法律家の出番ももっと多いです。

編集部フランスは、自由を革命で勝ち取った国なので、自由に対する国民の意識が違うのでしょうか。

金 塚全然違います。日本では、自由は、わがままだと言われたり、責任が伴うというところで先に萎縮させられたりしていますけど、フランスでは、そもそも人はまず絶対的に自由であること、自由は人間存在に本質的だという議論を徹底的に行います。コロナ禍でも、社会における自由の定義を行う1789年人権宣言4条等が援用されます。
日本でも「権利」という言葉とともにもっと「自由」についての議論が私たち法曹の間も含め必要だと思います。今回のグローバルダイニングの裁判費用は、クラウドファンディングで賄っているのですが、飲食業ではない学生さん、主婦の方、お医者さんからも、「応援しています」とか、「民主主義を取り戻してください」などたくさんの声をいただいています。現時点で、3500人ぐらいのサポーターに付いていただき、金額でいうと5000万円以上集まりました。今まで権利意識が薄いと言われていた日本人像を覆すものだと感じています。その声を法的に表現することのできる制度が必要だと思います。

編集部コロナ関連のマスコミの報じ方も、お店の営業の自由というところが極めて軽んじられているのは違和感がありますよね。

金 塚ありますね。移動や往来の自由も、位置付けが低いです。

編集部ほかに思い出に残る事件はありますか。

金 塚公になっている案件では、サッカー日本代表監督だったヴァイッド・ハリルホジッチ氏の裁判や、弁護人ではありませんでしたがカルロス・ゴーン氏の事件があります。案件の内容の特殊性に加え、日仏の法制度の違いや法に対する考え方などだけでなく、文化的な部分まで掘り下げることが不可欠でした。ゴーン氏についてはここまで日本の法制度が海外から注目されたことはなかったと思います。フランスメディアから日本の刑事法に関する関心も当然高く、取材に答える中で考えさせられることが非常に多かったです。

編集部弁護士になって良かったと思うことは何ですか?

金 塚まず、いろいろな人に会えるということです。自分の知らない世界にたくさん触れて、いろいろな角度から社会を考えられるようになるところはすごく良かったと思っています。また、やはり人の役に立てるということは大きな喜びです。

編集部弁護士の魅力というのは。

金 塚自由です。人の自由や権利を守ることが仕事ですし、そのためには法律を武器に自由に発想して戦えるという自由です。現実は甘くはありませんが。そして、仕事として、そのために正面から正義などの普遍的理念を主張できることが魅力です。もう1つ挙げると、弁護士は司法の要であり、民主主義を支える存在だと思っています。

編集部これからやってみたいと思っていることがあったら教えてください。

金 塚やっぱりフランスが大好きなので、フランス法についてもっともっと専門性を高めたいと思っています。日仏との比較から日本社会について考えることをテーマに本も書いてみたいなと思っています。

編集部ワーク・ライフ・バランスはどう図っていますか。

金 塚できるだけ好きなことをしようと思っています。ピアノや読書のほか、週末には必ず、乗馬をしています。それが今は一番の楽しみですね。

編集部どのように楽しんでいるのですか?

金 塚馬場でいろいろな乗り方や馬の扱い方を教わります。海外では馬で森の中や海岸に出かけたりしています。

編集部なかなか高尚なご趣味ですね。

金 塚最近学生にキャリアの話をすることが多いのですけど、学校側からも言われるのが、学生に仕事以外の話もしてくださいと。昔に比べてどんどん余裕がなくなっていると言いますか、私のところにも、「司法試験のために人生の楽しみは捨てた方が良いですか」という事前質問があるくらいです。

編集部趣味がない人もいるらしいですね。

金 塚それは本当にもったいないし、自分が好きなことは是非持ってほしい。それにやっぱり、この仕事って何だかんだで、つらいことも多いじゃないですか。だから、自分自身がワーク・ライフ・バランスをしっかりとれていないと、人の話を聞き、向き合うことも難しいと思っています。

編集部これからの時代を生きていくために求められる力というのはどんなものですか。

金 塚難しいですが、専門性に加えやっぱり好奇心と柔軟性でしょうか。何か譲れない好きなものを是非見つけてもらうというのがこの時代を生きていくために必要なことだと思います。

編集部でもいきなりフランスへ行く勇気はないです。

金 塚私はたまたまフランスでしたが、今は昔以上にチャンスが広がっていると思います。動くと自分が思っていた以上に多くの扉が開かれると思います。二弁や日弁連の留学制度もできましたので、昔より行きやすいと思いますし、国際公務員などの道も開かれています。

編集部法曹界はまだまだ男性社会だという意見もありますが、女性会員に対してメッセージはありますか。

金 塚男性だから、女性だから向いているという事件はないと思いますが、まだ男性社会の中で女性弁護士が苦労することは残念ながら多いと思います。正直なところ、私も女性弁護士として、同じ弁護士や依頼者からのセクハラなど嫌な思いをしたこともありました。専門性を持つこととかけがえのない共同経営者と出会い、今の事務所を立ち上げたこと、事務所以外でも多くの信頼できる仲間と会うことで乗り越えられたと思います。
女性弁護士には自分に自信を持って、自分に誇りを持ってキャリアを積んでもらいたいと思いますし、法曹界自体が男性社会であることを意識して、女性だけの戦いではなく、自覚的に変革していってもらいたいと思います。