インタビュー

中澤さゆり弁護士

※経歴は『NIBEN Frontier』2020年4月号時点のものです。

地方自治体で活躍する弁護士

子育てをしながら、国立市の任期付公務員として、条例案の作成など幅広く活躍されている中澤弁護士にお話しを伺いました

中澤さゆり先生インタビュー【編集部】まず、先生のご経歴を教えていただけますか。
【中澤】1997年に大学を卒業して、1年間、大手法律事務所でパラリーガルとして勤務した後司法試験の勉強を始めて、2001年に合格し、 2003年に弁護士登録をしました。最初は大手渉外事務所に1年強おり、その後、主に民事再生を扱う事務所に移り、さらに、妊娠を機に一般民事を取り扱う事務所に移りました。その事務所に籍を置き在宅で仕事をしながらもほぼ育児休業という状態に入り、約5年半そのような状態でいました。下の子が1歳を過ぎたのでまた働こうかなと思い、元の事務所に戻ることも考えましたが既にほかの方が入所されており、ほかを探しているときに、弁護士会のひまわり求人情報で国立市の嘱託員の募集を見つけました。嘱託員というのは特別職の公務員なのですが、勤務時間の都合も良かったので、応募し、運良く採用されたのです。

【編集部】そのころ、お子さんは何歳でしたか。
【中澤】2人いて、上の子が5歳、下の子が2歳でした。

【編集部】嘱託員のあと、任期付き職員に就任されたのですね。
【中澤】嘱託員で1年間働いているうちに任期付き職員の条例を作ることになって、その翌年から任期付き職員となり、債権管理担当課長として勤務しました。最初の5年の任期が終わり再度採用されて、現在任期の2年目なので、通算だと8年目です。

【編集部】国立市には、ほかにも任期付き職員の方はいらっしゃいますか。
【中澤】弁護士では私だけです。

【編集部】次に、国立市では、どのようなお仕事をされているのか、業務内容をお聞かせいただけますか。
【中澤】まず庁内の法律相談です。各部署からの相談を随時お受けしています。また、訴訟案件について、指定代理人として、委任している顧問弁護士の先生に事実関係をお伝えしたり、書面を確認させていただいたりしています。また、行政不服審査の審理員の業務をしております。庁内の法律に関する研修の講師や、管理職なので議会の対応もします。

【編集部】法律相談では、どの部署からどのような相談が来ることが多いのですか。
【中澤】本当に多岐にわたっています。福祉関係の部署からは、ある課題に直面したときに、どこまで市が関われるでしょうかというようなご相談が多いです。契約関係や、建築、道路関係の部署の相談もあります。
また、職員の処分関係もあります。それは労働事件に近いというか。

【編集部】行政不服審査の審理員としては、どのようなことをされているのでしょうか。
【中澤】平成28年4月に行政不服審査法が改正され、審理員が最初に審理員意見書を書くことになり、その意見書をもとに行政不服審査会が答申を出し、裁決が出る形になりました。その意見書を書く業務です。これはやってみると、裁判官に似ており、争点整理から事実をどうやって引き出すかという点に注意しています。

【編集部】どういった内容の研修の講師をされるのでしょうか。
【中澤】リーガルマインドをどうやって育てれば良いかといった研修や、クレーム対応などです。今年は民法の改正があるので、その研修も行う予定です。

【編集部】国立市役所の職員は何人くらいいらっしゃるんですか。
【中澤】正規職員が470名くらいです。その他に嘱託員、臨時職員が合計で670名くらいいます。

【編集部】それだけの規模で、弁護士資格を持った任期付き職員がお1人だけというのは大変ですね。ほかの自治体ではどのような体制になっているかご存知ですか。
【中澤】多摩地区では、町田市、多摩市、国分寺市、西東京市、調布市、青梅市と、最近では日野市に弁護士の任期付き職員がいますが、2人いるところは多摩市だけです。

【編集部】3つの法律事務所での勤務を経て市役所に入られたとのことですが、法律事務所と市役所との違いは何かありますか。
【中澤】市役所では、勤務時間が限られている点がとても良いことです。勤務時間は午前8時半から午後5時15分までで、私は育児があるので定時になったら帰ります。

【編集部】定時で帰っても、周りから何も言われませんか。
【中澤】市長も私がバスに向かって走っていると、頑張ってと声をかけてくださいます(笑)。

【編集部】育児への配慮は法律事務所と市役所で違いはありますか。
【中澤】法律事務所の場合、自分でどれだけやりくりするかということだと思いますが、市役所では、子どもが熱を出したときなどに有給で1人につき5日間もらえる看護休暇という制度があるので、それは非常にありがたいです。そのほかにも有給休暇が20日間あります。また、減給にはなりますが、子どもが小学校に上がるまでは時短勤務が可能です。
私の場合、業務量が膨大というわけではないので、自分でコントロールできています。休みも好きなときに取れています。

【編集部】任期付き職員のやりがいやメリットを教えていただけますか。
【中澤】公益というのでしょうか。みんなのために、というところがやりがいや動機になっています。

【編集部】嘱託員から数えて8年目とのことで、今はもう慣れていらっしゃるかと思うのですが、当初、市役所に入って苦労されたことはありましたか。
【中澤】決裁や、予算・決算など、市役所の内部システムが全く分からない状態で入ってしまったので、理解するまでとても大変でした。課長になってからも管理職としての指導な どは特段なく、議会対応も見よう見まねでした。債権管理条例という条例を1つ作りましたが、そのときも見よう見まねで。当時、私は債権管理担当課長で、その下に市債権係というのがあって、その係長も兼務しました。市債権係に職員として1人だけ部下がいましたが、その職員がとても優秀で、私はその職員のおかげで何とかできたという感じでした。彼は普通の職員でしたが、本当に優秀だったので、司法試験を受けたらと勧めました。すると、予備試験からあっという間に受かってしまいました。現在は弁護士として法律事務所に勤めています。
これまで経験した業務の中で、条例を1つ作ったというのは大きなことですね。所管の課長というのはとても大きな責任を持つものなので、初めて議会対応もやって、全会一致で可決して成立したので、うれしかったです。

中澤さゆり先生インタビュー 中澤さゆり先生インタビュー

【編集部】どんな条例ですか。
【中澤】内容としては、地方自治法と同法施行令に規定はありますが、それを引き直した上で、債権の放棄をするには議決が必要です。しかし、条例で決めていれば議決が必要ではなくなるので、その議決を不要とする事由を定めたことと、債権をきちんと管理しましょうということを決めたものです。

【編集部】弁護士になられてから何年か、複数の法律事務所で勤務されたご経験がありますが、そのときのご経験がどのような形で活きていると思いますか。
【中澤】全体的に、弁護士の知識や経験は全部活かせると思います。私の場合は、最初が渉外事務所でしたし、一般民事といっても民事再生が中心で、あまり経験はありませんでしたが、それでも契約書のチェックなどをやっていたので、どうすれば良いかというのは分かりますし、相続などについてもよく聞かれるので、普通の弁護士のスキルは全部活かせていると思います。

【編集部】国立市が初めて弁護士を採ろうと思ったのはなぜか、理由はご存知ですか。
【中澤】国立市はもともと税金の収納率がとても低かったのですが、職員の努力により上がりました。そこで、次は税金以外の債権もしっかり回収しましょうということで、1人弁護士を採ってマニュアルを作ってもらおうという経緯だったようです。ですから、最初に私が採用されたのは債権管理担当だったのです。
でも、入ってみたら、弁護士が入って訴訟を提起してまで回収する債権は、実は余りなかったんです。むしろ払えないから滞納してしまっているという債権が多くて、放棄してしまう方が多かったという感じです。

【編集部】民間だとビジネス的な利害得失を重視すると思いますが、自治体は税金を原資として運営されるので、債権放棄にも特別な配慮をするものですか。
【中澤】放棄してしまうと、財産の管理を怠る事実といって住民訴訟の対象になってしまうことがあるので、そうならないために理由付けをしっかりする必要があります。
何かやるときには住民訴訟のリスクを必ず考えます。

【編集部】さて、弁護士資格の魅力はどこにあるとお考えでしょうか。
【中澤】弁護士は、基本1人で全部決めて1人で責任を負うものだと思います。組織に入ってみて、それをしみじみ感じました。そのおかげで、組織人だけれども自分の意見や、自分が責任を負う意識は常にあります。組織人だから組織の決定には従いますが、それでも前例踏襲ではないものや、最後は自分が責任を負うからこうしようという気持ちになれるところがあります。
忖度するとか、周りに合わせるというのが弁護士にはないから、その性質が私はとても好きです。そうやって自分で責任を持って言える、自分でやっていけるというのはすごく魅力だなと思います。弁護士という肩書がなくなってしまえば、組織としての意見だから、自分個人の意見ではなくなってしまうという感じがします。

【編集部】中澤先生の名刺にも「弁護士」と記載されていますね。
【中澤】私は、実は入職して2年目くらいに事情があって弁護士登録を取り消したんです。それで弁護士ではない時期もあったんですが、日弁連の自治体等連携センターに入るために、去年の8月に再登録をしました。すると、自分が弁護士であることを、より意識するようになりました。弁護士としての発言に責任を持たなければいけない、そういった思いをより持つようになりました。

【編集部】唐突ですが、今後やってみたいと思っていることはありますか。
【中澤】児童福祉の問題に関わってみたいと思います。国立市には児相はないですし、どう関わっていくかという課題はありますが。自治体と弁護士をもう少し結び付けるということもやっていきたいと考えています。

【編集部】自治体と弁護士の結び付きというのは、具体的にはどのようなことでしょうか。
【中澤】多摩支部の方で最近、災害対策のプロジェクトチームができ、そこに入れさせていただいています。プロジェクトチームは自治体とも連携していくということが1つの目的の中にあったので、自治体の中と弁護士の側の両方にいながら、うまくつなげていけたらという思いがあります。自治体の中には、弁護士に対するニーズがとても大きくて、そのニーズをうまくとらえて、うまくつなげていくことで、何とか予算をつけてもらえる仕組みにすることができたら良いなと思っています。

【編集部】若手の弁護士に対して、メッセージをお願いします。
【中澤】将来が不安だとか、暗い話ばかり伺うことが多いように思います。個人事業主ですから、良くも悪くも自分次第なのかなというところがありますので、あまり悲観しないで頑張ってほしいですね。私も頑張ります。

【編集部】法曹志望者が激減していることについて、どうお感じですか。
【中澤】とても残念です。私は、これほどすてきな商売はないと思っているので。

【編集部】どのあたりがすてきでしょうか。
【中澤】弁護士法1条ではないですが、基本的人権の擁護と社会正義の実現。そこに1人の人間として、実現に携われるところです。

【編集部】自治体で任期付き公務員としてお仕事をされて、そのあたりを感じることは多いですか。
【中澤】自治体に弁護士が入ることでどのように自治体の政策決定が変わっていくかということを研究されている方がいます。弁護士が入ると、例えば騒音などに対する規制行政が、発動されやすくなることがあるらしいのです。自治体側が今までよく分からないからやらなかったことを、弁護士が入ることによって法の執行ができるようになります。それが、弁護士が自治体に入ることの大きな意味だと思います。
私としては、全国の自治体に弁護士がいた方が良いのではないかと思います。

【編集部】最後に、これから法曹を目指す方へ、メッセージをお願いします。
【中澤】弁護士でなければできない仕事があるので、そこに誇りと自信を持ってやっていただきたい。弁護士がどのようなものなのかというのも、その人次第なので、そんなにマイナスイメージを持たないで、自分が変えていくというイメージでやっていただけたらと思います。