インタビュー

橋爪愛来弁護士

離島で活躍する弁護士

第二東京弁護士会の公設事務所(東京フロンティア基金法律事務所)で鍛えられた後、隠岐の島へ赴任して島の方々のために奮闘されている橋爪弁護士にお話しを伺いました(インタビューは 2019年11月に行いました)。

橋爪愛来先生インタビュー【編集部】自己紹介をお願いします。
【橋爪】2018年5月に引っ越してきて、7月から隠岐ひまわり基金法律事務所(以下「隠岐ひまわり」)の所長になりました69期の弁護士です。隠岐ひまわりは、司法過疎地域対策、「弁護士ゼロワン地域」解消のために日弁連・弁護士会・弁護士会連合会が支援し、設立した、各地の「ひまわり基金法律事務所」の1つです。2015年に設立され、私は2代目の所長で、任期は3年、2021年7月までこちらにいる予定です。

【編集部】隠岐の島は、どのようなところですか。

【橋爪】隠岐の島には松江地裁西郷支部があり、島後(どうご)と呼ばれる隠岐の島と、島前(どうぜん)と呼ばれる中ノ島、西ノ島、知夫里島の4つの島を管轄しています。人口は隠岐の島で約1万4,000人、島前3島も合わせて合計2万人ほどです。産業としては、漁業が一番の収入源です。

【編集部】隠岐の島に弁護士は何人いますか。
【橋爪】2人です。もう1人は法テラス西郷法律事務所の先生で、70期の男性です。昨年の1月に赴任されました。

【編集部】なぜ隠岐に来たのですか?
【橋爪】修習前に、父島の夕日が世界で2番目にきれいだとテレビ番組で見たことなどをきっかけに、船で片道24時間かけて小笠原諸島へ旅行に行きました。
そこから離島を好きになってしまって。1人で行ったので、いろいろな人と知り合いになりました。その場で出会った人や住んでいる人と話したり、飲んだりしたのですが、小笠原には裁判所もないし、士業もいないんです。人口が二千数百人くらいで、何かもめごとがあったら、地元の有力者のような人が全部解決する。解決できているのか分からないのですが、とにかくその人がすべてという感じらしいのです。
私はまだ修習前でしたが、それでいいのかな?と感じました。私はこういう人たちの役に立ちたい、離島で弁護士をやりたいと思うようになりました。私は東京で弁護士をしていましたが、1年が経った頃に所長を募集していたのが隠岐ひまわりで、思い切って応募しました。まだ結婚したばかりでしたが、夫の理解を得て、単身で島に行くことになりました。

【編集部】どのような事件が多いですか。
【橋爪】主には離婚、相続、交通事故など一般的な個人の事件で、あとは成年後見も多いです。会社の事件もありますが、会社といってもほぼ個人のような感じです。刑事事件はゼロです。2018年は私選の刑事弁護が2件ありましたが、2019年は刑事は相談のみで受任はありません。

【編集部】弁護士2人ですと、当番弁護が大変なのでは。
【橋爪】いえ、隠岐の島警察署にある留置施設は現在使われておらず、逮捕されるとそのままフェリーで松江に連れて行かれます。つまり、身柄事件は全部松江に行きますので、当番弁護がないのです。

【編集部】手持ち事件は何件ですか。
【橋爪】(2019年10月末時点で)57件です。終わりかけているものや債権回収をしているだけのものなども含めてです。

【編集部】その中で訴訟は? 傾向として、やっぱり訴訟は少なくなるのでしょうか。
【橋爪】そうですね、少ないです。そもそも地裁と家裁は3か月に2回しか期日が開かれないので。現在の訴訟は4件です。

【編集部】弁論期日が3か月に2回?
【橋爪】口頭弁論、弁論準備、それに家事調停も破産の債権者集会も全部その期日にやります。裁判官も1人なので、全て同じ裁判官です。

【編集部】提出書面など全てこの日に合わせて準備するというのは大変ですね。
【橋爪】期日の1週間前に全部出せと言われるので、そのときは大変です。ただ、現在の訴訟のうちの2件は簡裁の事件で、簡裁の判事は常駐で地裁とは関係なく期日が入るため、多少分散しています。簡裁のほうが早く期日が入るということもあってか、訴訟が付調停になることもあります。

【編集部】事件の進め方や例えば調停委員の雰囲気など、東京と違うと感じることはありますか。
【橋爪】狭い島なので、調停委員と当事者が島の中で普段会ってしまうことが結構あります。調停の最初に、町中で会っても挨拶はしませんと調停委員が必ず説明するんですよ。もともと知り合いだろうと、とにかく私たちは町中であなたに会っても挨拶しないけれど、気分を悪くしないでねと。

【編集部】そういう人間関係だと、そもそも訴訟も調停もやりたくないという人もいるでしょうね。
【橋爪】そういう人は多くて、それで我慢する人がすごく多い気がします。あまり強硬なことはしたくない、やっぱり裁判所に申立てをするのはすごくおおごとのように思って。

【編集部】すぐ知れ渡ってしまいますもんね。
【橋爪】裁判所に出入りしているだけでうわさになるとか。弁護士に相談していることも知られたくないと、ばれないように別のところに車を止めて隠岐ひまわりまで歩いてくる人もいます。

【編集部】島民性のようなものを感じることはありますか。
【橋爪】理屈よりも気持ちが大事というような人が多いです。例えばお金を貸して返ってこないという相談が多くありますが、結局返ってこないのは分かっているし、返さなくてもいいけど、感謝の気持ちとか言葉が一切なかったことに対する怒り、そちらでボルテージが上がってきてしまう。
相手を信頼してやっていたのに。あの一言があれば違ったのにとか。人同士が近いので、信頼関係がすごく大切と言う人が多いと思います。

橋爪愛来先生インタビュー 橋爪愛来先生インタビュー

【編集部】隠岐ひまわりの事務所は隠岐の島にありますが、島前の3島から日帰りで相談に来ることはできるのですか。
【橋爪】今の時期は可能ですが、冬は無理です。12月から2月は高速船が休航期間のため、島前に帰れないんですよね。隠岐の島から島前は日帰りできます。ただ、島前に行くと、フェリーの時間の関係で午前か午後が全て潰れてしまう、若しくは1日がかりになってしまうので、急ぎの方は電話で聞いてしまうこともあります。無料で。

【編集部】島前で法律相談会などは行っていますか。
【橋爪】各島に島根県弁護士会が開設した島前法律相談センターがあり、月1回法律相談会を行っています。私が西ノ島町に行く月は、法テラスの先生が海士町・知夫村に行くといった具合に、交代で行っています。

【編集部】仕事以外ではどのように過ごされていますか。
【橋爪】今一番参加しているのは、地元の合唱サークルの練習です。あとは飲んだり、ちょっと運動したりで、最近ジムに入りました。バスケにも誘ってもらって、大会にも出ました。
あと、花火大会の運営委員会に入ったり、音楽祭などのイベントの運営にも参加したりしています。私は東京育ちですが、東京ではそんなイベントの運営に携わる機会なんてありませんでした。こういう小さいところでみんなで助け合って、盛り上げようみたいな感じで、すごく楽しいです。

【編集部】隠岐の島に来て良かったですか。
【橋爪】はい、良かったですね。本当に私がやりたいと思っていた仕事ができています。もともと私は個人対個人の仕事がしたいと思って弁護士になりました。弁護士になる前に大手法律事務所のパラリーガルの仕事をしていたのですが、扱う事件が大き過ぎて、自分が何をやっているのか分からない。面白いのですが、私は何をやっているんだろうとなってしまって。
私はそういう大きい会社の仕事ではなく、「今、目の前に座っている人」対「私」の仕事、人間味のある仕事がしたいと思っていました。隠岐の島は人間関係もすごく密だし、それがやりづらいときもあるのですが、それこそ飲み会で知り合った人から相談を受けることもあり、ほとんど個人の仕事で、まさに、やりたかったことをやっている。やりがいをすごく感じます。

【編集部】特にやりがいを感じた瞬間などはありますか。
【橋爪】すごくベタですけど、やはり感謝されたときです。個人の方は、自分で弁護士費用を支払う。だから、会社の担当者の人とは意気込みが全然違うと感じます。自分で払う分、思い入れがあり、希望もたくさんあって。もちろん全部かなえられないこともあるし、何か申し訳ないなと思うことを言わなければいけないときもある。そういういろいろをくぐり抜けて、最後、ありがとうございましたと言ってもらったときが、やはり一番うれしいですね。やっていて良かったと心から思います。

【編集部】東京でやっていたときと違いますか。
【橋爪】1人なので、先輩弁護士と一緒にやっているのとは、やっぱりちょっと感覚が違いますね。私の責任だと思う。どんなに嫌でも自分でやらないといけない。大変だった案件ほど、最後に感謝されると、やって良かったなと感じます。

【編集部】3年の任期満了後について、何か考えていますか。
【橋爪】いろいろ考えていますが、ずっと地方と関わり続けていきたい、援助の手が必要なところに関わり続けたいと思っています。

【編集部】弁護士の魅力はどういうところにあると思いますか。
【橋爪】弁護士だからこそ、できることがたくさんあります。私が資格も何もなく隠岐に来たらできなかったことが、弁護士というだけで、いろいろできている。
また、都会では、私のようにまだ弁護士になって3年目くらいでは絶対できないようなことも、いろいろできているということに、赴任して1年くらい経ってから気付きました。例えば、破産管財人や相続財産管理人などは、都会ではなかなかできないと思います。内容がそれほど複雑でないというのはありますが、弁護士として年次が上がらないとできないことも、こちらではできる。やらせてもらえるし、やらなければいけない。
あと、行政の委員会などの話が多くきて、いろいろな委員などになっています。隠岐の島町の情報公開審査会の委員をやっているのですが、これまでは1回も開かれていなかった審査会が最近初めて開かれることになりました。委員は10人いますが、今回が初めての例なので、役場の人も分からない、委員の方々も分からない。私は委員の中で最年少だと思いますが、法律のことはもう先生しか分からないからと、審査会の会長になってくださいと言われました。私も初めてのことで何も分からないので、「えー?」となりました。議事運営も答申もどうしたら良いか分からないし。私も困って、支援委員会の先生に相談したりしています。私がこのようなことを任されるのも、隠岐ならではというのがありますが、それもやはり弁護士という資格があってのことです。
弁護士であるからこそ、できている経験ですし、いろいろな形で地域に貢献できていると思っています。

【編集部】若い人で、自分も飛び出して何かやりたいけど、ちょっと勇気がないという人に、何か一言。
【橋爪】多くの方々のバックアップがあって、たぶん弁護士人生の中で一番濃い日々を、今過ごさせてもらっています。私は、今できることは、できるうちに全部やってみたいと思うタイプです。まだ子どもはいないのですが、子どもが生まれたらできないと思うと、今やらずにどうするんだと。若い人たちは、怖がるより、自分の代え難い経験になるという考えで、是非、いろいろやってみてもらいたい。
最初の一歩がなかなか踏み出しにくいかもしれませんが、踏み出したら素晴らしい経験になるかもしれない。私も30歳を過ぎて、こんなに新しい世界が見えてくるとは、本当に思っていなかったので。

【編集部】最後に、これから弁護士を目指す人たちにメッセージを。
【橋爪】弁護士になって、今は本当に望んでいたとおりの夢がかなっている。やりがいの感じ方が、もう全然違います。皆さんも、なぜ弁護士になりたいと思ったのかを忘れずに、頑張ってもらいたいと思います。初心を忘れずに。